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2.

諸事情で国名を変えました。


ブックマーク、評価ありがとうございました。

 




「マルグレット。最近、ヘンリックと一緒にいることが少ないね」


 賑やかなダンスホールでマルグレットに声を掛けてきたのは、婚約者ヘンリックの上司であり第三王子でもあるアベル・ジェライトだった。彼は国王ちちおや譲りの持ち前の魔力を活かし、魔術開発の仕事を主としている。生まれの良さを証明するかような優雅で見惚れる立ち居振る舞い、容姿は端麗でその瞳は紋様と同じ宝石のようなペリドットの色をしていて魅力を増していた。

 アベルは先ほどまでチョコレートブラウンの髪をなびかせて上流階級の夫人と踊っており、その後に続こうと妙齢の女性たちが列を成していた。

 なのに、なぜ私の横に?


「いい加減、私も疲れたのでね。君は天命の番いがいるから、余計な詮索をされずに済む」


 マルグレットの疑問に答えるようにアベルは笑った。確かに、これが他の未婚女性であれば嫉妬、僻み、憎しみ……負の感情の矛先になりかねない。しかし、マルグレットには既に決まったパートナーがいる。それはこの場の誰もが知っていることなので、マルグレットに危害が及ぶことはないとアベルは踏んだのだろう。

 それでも、ダンスの合間に“マルグレット”に声を掛けたのは、最近ではお茶会にせよ舞踏会にせよ晩餐会にせよ、マルグレットとヘンリックは同伴するものの会場内では別行動をしていることにアベルが気付いたのだとマルグレットは思った。現に今も、隣国テスガルトから来た使節団の歓迎も兼ねている大事な舞踏会であるのに、ヘンリックの姿はマルグレットの傍にも会場のどこにもなかった。


「一緒には居なくても、私達は天命の番いですから。それにヘンリック様はお仕事で……」


 マルグレットは庭園に続く扉に目を向けた。ヘンリックは会場について早々に『仕事の話がある』とその扉を潜って行っていた。

 しかし、マルグレットは“知って”いる。今頃、闇の中で彼はラウラに愛を囁いていることを。

 その姿を想像し、しくしくと痛む胸を隠しながらマルグレットは微笑む。

 そして、心に言い聞かせ気を引きしめる。

 彼の正式な婚約者は私だ。彼の立場を考えてパウマン家に恥じぬような気品ある態度を貫かねばならない、と。


「隣国の者たちの情報や協力を得なければならない案件を抱えていることは確かだが……天命の番いは離れていても邪魔は何人なんびとも行えない、か。しかしなにか困ったことがあったら私に言うのだよ。いつでもなんでも相談してくれ」


 アベルは魅惑的な笑顔でマルグレットに告げる。マルグレットはその言葉を、仕事絡みでこの場にやって来た部下、ヘンリックの番いを気遣っての社交辞令と受け取った。


「ありがとうございます」

「ああ、それから最近盗賊が騒がしい」

「盗賊、ですか?」

「館に押し入り、財宝を盗んでいる。盗みを邪魔するものに対しては危害を加えることも辞さない賊だ。魔術師も仲間にいるようなので、戸締りと護衛は厳重に行ってくれ」

「まあ」


 先日ステファンが腕に覚えのある者と魔術師の警護人を増やした、と言っていたことや夜警が増えていることをマルグレットは思い出した。


「怖い話ですね。ええ、気を付けます」


 アベルに頭を下げていると、マルグレットの瞳にヘンリックの姿が入った。彼の隣、ではなく少し離れた場所にラウラの姿も見えた。周囲は何事もない雰囲気で各々に言葉をかけている。どうやら今まで二人が姿を消して共に過ごしていたことや二人の仲に気付いている者はいないようだ。

 ―――ヘンリックの『天命の番い』であるマルグレット以外は。

 マルグレットは目を奪われるようなドレスに身を包んでいるラウラを眼で追いつつ、以前から確認したかったことをアベルに問いかけた。


「アベル様は紋様について、お詳しいですよね」

「君よりは詳しいと思うけど。王族と魔術は神殿との関わりが深い。今では仕事絡みもあるからね」

「過去に、登録された天命の番いの互いの気持ちが離れたという事例はありますか?」

「それはないね」


 アベルはきっぱりと言った。


「神殿での神の子の登録と管理、紋様の情報。過去も今も全て『番い』で管理されている。もし番いが仲違いすることなどがあったら、神官たちも大騒ぎして仲介に入るだろう。そのような話は聞いたことがない」


 神殿に仕える者たちは神に仕える者たちだ。『天命の番い』が『仲違いする』という神の意志に反する行為を、ただ黙って見ていることなどあり得ないとアベルは言う。


 ―――だとすれば、私たちの関係は一体何なのだろう。


「しかし、アレが関与していたら話は別だろうが」

「『アレ』、ですか?」

「私やヘンリックが抱えている研究に関わる魔法だよ。その完成度を高めるためにヘンリックは今夜奔走しているわけだが」


 普段穏やかなアベルが、言葉数と共に顔の苦々しさが増していることにマルグレットは気が付いた。

 とても面倒で、複雑で、完成が程遠い研究なのだろう。


「そうだ、マルグレット―――」

「マルグレット、そろそろお暇しようか」


 アベルの言葉を遮り、ヘンリックがマルグレットに声を掛けた。今夜はまだ天命の番いである二人は踊っていない。しかしラウラとの密会を終えたヘンリックの表情はとても満足そうだった。

 半年前までは自分が隣にいるだけでその表情を浮かべていたのに、とマルグレットは寂しく思う。

 彼に愛されていない。それはわかっているけれど、自分は彼を愛している。彼から離れたくない、彼を失いたくない。

 だからマルグレットはどんなに悲しくても寂しくても、ヘンリックの言うことに従う。

 マルグレットはアベルに暇を告げ、ヘンリックの手を取り会場を後にした。





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