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12.

 





 ラウラが連行されてグリーディの館に静けさが戻った頃、父親とステファンが慌ただしく戻ってきた。ラウラ来訪の件が二人に伝達されていたのだろう。


「マルグレット、無事かっ」


 第一声はマルグレットの安否を問うものだった。

 未だに残る恐怖で顔色はすぐれないものの、玄関で迎え入れたマルグレットを見て二人は無事を喜び、シュバルシェ家に憤り、アベルに感謝の言葉を何度も述べた。

 それからマルグレットは隣に座る母親に手を握られながら、家族と共に事の詳細をアベルから聞くことになった。


「まずは君の婚約解消の件だが、シュバルシェ家がヘンリックに『魔物』を向けたせいだ」

「魔物?」


 魔物、でマルグレットが知っているのは一つだけだ。


「それは昔話の天命の番いに囁いた魔物、ですか?」


 紋様がなかった時代、天命の番いに“囁き”、二人に別れをもたらし、片割れを死に導いた“魔物”。昔話の、そんな魔物が存在するのだろうかと思いながら尋ねてみると、アベルが頷いて語り始めた。


『魔物と呼ばれる魔の魔術師』が存在していたことに、かなり前から神殿は気付いていたこと。しかし、魔術師の姿の確認が取れず魔力は高くて捕らえることもできず、長年に渡って密かに彼を捕らえるための魔術の開発が行われてきたのだということ。

 近年の動向からシュバルシェ家が魔術師を匿っていることを察していたけれど、証拠がなかったこと。

 ヘンリックが天命の番いマルグレットではなくシュバルシェ家との婚姻関係を結ぶ運びになった時点で魔の魔術師の関与を確信し、監視対象にして魔術の開発情報を与えないようにヘンリックをアベルの傍から離したこと。

 研究が進み魔術師の魔力を追尾できる魔法が作られ、魔術師は自分の位置を悟られないように魔力を押さえるようになったこと。そのためにヘンリックに掛かっている術の効果が薄れ始めていたこと。ラウラがそれに焦り、マルグレットを手に掛けるのではないかとアベルが危ぶんだこと。そして魔の魔術師に対抗できる“魔法”、琥珀のペンダントと琥珀糸で陣を織り込んだショールをマルグレットに贈ったこと。


「ラウラ様がヘンリック様を愛していたことは間違いないのに、支える方法を間違えていたのですね」

「そうだな。だが、魔の魔術師の力を借りてヘンリックを王にすることは許されることではない。もっとも、そうしなければ彼女は君に勝てないと思ったのだろう」

「私に?」


 マルグレットは首を傾げた。家柄も容姿も周囲からの評価も、マルグレットが勝ると言えるものは思いつかなかった。


「君とヘンリックとの絆の強さは周知されていた。君の有能さも彼の家族が認めて褒めていたしね。そんな君たちにラウラが入る余地はなかった。そこに、自分がヘンリックの天命の番いになる機会がやってきた。だから君には到底できないこと、ヘンリックを王にすることで自分こそがヘンリックの天命の番いとして相応しいのだと知らしめたかったのだろう」

「そんなことでヘンリック様を王に?」

「彼女にとっては重要なことだったのだよ。彼女は君に勝ちたいが故にヘンリックを王にと考えていたが、シュバルシェ一族は違った。以前シュバルシェの者が継承権一位の天命の番いとなったことがある。その後更なる適任者が現れて継承権が変わり結局王妃になれなかったけれどね。王妃候補であった時代の甘い汁を忘れられなくてシュバルシェ一族は王位というものに執着していた」


 マルグレットはラウラだけではなくシュバルシェ一族で王位を求めていたことに驚いた。王位というものはそこまでに魅力のあるものなのだろうかと考え、自分には程遠い地位に結局答えは出なかった。


「ラウラのヘンリックへの思いはシュバルシェ家にとって都合がよかった。対して魔の魔術師は自分が楽しめればいいと考えている奴でね。長年人間の負の感情を呷って楽しんでいたのだが、この国を混乱に陥れて楽しみたいと思うようになった。シュバルシェ家は彼の本意を知らず『シュバルシェ家に王権をもたらす』という話に乗ってしまったのだ。魔術師が王にしたヘンリックを傀儡として扱おうと考えているなどと思わずに」

「ヘンリック様を傀儡に……そのことをラウラ様は知らなかったのですね」


 ラウラはヘンリックが王として政治を采配できる能力があると信じていた発言しかしていなかった。彼女もまたシュバルシェ家や魔術師に翻弄された被害者―――


「彼女に同情は不要だよ、マルグレット」


 マルグレットの考えを読んだかのようにアベルは静かに言った。


「シュバルシェ家……ラウラは魔の魔術師の力を借りてヘンリックの心を操り、君からヘンリックを引き離した。しかも傷を負った君の悪評を流した上に殺そうとまでした。この館の人たちを全員殺すことにも彼女には迷いがなかった。己の背に偽りの紋様を作りヘンリックの天命の番いになった。ヘンリックを王にすべく、兄上や従兄弟殿への暗殺も企てていた。シュバルシェ家の一員として彼女は神や国への冒涜者として罰せられるべき立場にある」

「ラウラ様は暗殺、まで?」


 ラウラが『ヘンリックは王になる』と断言していたのはそのことを知っていたから―――


「以前からシュバルシェ家は自分たちが優位となるように、邪魔な王候補者を密かに潰してきていたようだしね」


 長話を終え、アベルは深く息を吐いた。


「そんなことが……」


 名家シュバルシェ家がそんな恐ろしいことに手を掛けていたこと知ってマルグレットはゾッとした。


「とにかく君が無事で良かった」


 目の前のアベルがマルグレットに微笑んだ。緑の瞳に自分の姿を認めて、はたと自分が『次にアベルに会う時にはと決めていた髪型や装いではないこと』に気が付いた。

 髪は乱れ、服も皺になっていて―――なんと恥ずかしい状態なのかと。

 そして突然脳裏に過る母親の言葉。


『恋する乙女のようね』


 この焦りや恥ずかしい思いはヘンリックの時とは明らかに違う。

 ヘンリックとは天命の番いだったから。パウマン家嫡男の嫁として相応しくあろうとし、ヘンリックがどう思うかは二の次だった。『天命の番い』であることに慣れ切っていた自分。

 けれど、今の自分はアベルにどうみられるのか、心配で不安で仕方がない。だからこそ衣装が、髪型が、アクセサリーがとツマラナイことを考えてしまう。

 ここに至って何が違うのかがマルグレットは理解した。


 私は、ヘンリック様を愛していたけれど『天命の番い』であることに甘えていた。彼に相応しいかどうか不安は有れども、愛し愛されることが当然なのだと思っていた。神が決めた相手なのだから、自分の思いや不安を言わなくても『愛してくれている』と心のどこかで思っていたのだ。

 けれどアベル様のことを好きでいる今の自分は、天命の番いではない故に様々な不安が生まれる。アベル様が私のことをどう見ているのかどう思っているのかが気になって仕方がない。それが『恋』。

 私は今、アベル様に恋をしている。


 マルグレットは隣に座る母親に向き、握る手に力を籠める。


「お母様、私アベル様に……」


 伝えたいことがあると言う前に母親はそれを察して笑み、小さく頷いた。


「貴女が決めることよ。言ったでしょう?」


 幸せの道を行きなさい、と。それはずっと変わらない母親の思い。


「ありがとう、お母様」


 母親からの心強い支援を受けて今度はアベルに向き合い、息を深く吸い込んで。


「こんな時にどうかと思うのですが、アベル様」


 硬く真面目なマルグレットの口調に、アベルの顔も瞬時に硬くなる。


「私、アベル様に結婚式の日取りと休暇の相談をしたいのですが、いかがでしょうか」

「マルグレット?」

「身だしなみも整えないでお相手をしてしまっているようなふつつかな私ですが、アベル様のお心にお変わりなければ伴侶にしていただきたく思います」


 この場でプロポーズの返事をもらえると予測していなかったアベルは呆け、数回瞬き、そして破顔した。


「この状況で身だしなみなど気にすることではない。それよりも君からの初めての相談を嬉しく思う。これから一緒に、いろいろと考えていこう」


 マルグレットの家族は満面の笑みで祝福の言葉を二人にかけた。





 テスガルトへの出立まで残すところ一週間。荷物の整理で騒然としているグリーディ家であったが


「お嬢様。来客が……お嬢様と二人でお話をしたいから通せと、どうしても話をしたいのだとおっしゃっているのですが」


 ラウラの時と似たようなセリフを、あの時と同じように戸惑いながら使用人が告げた。ラウラの件以来、来客は門で入館の確認を取るようになっている。マルグレットの傍には家族の誰かが付き添うようにもなっていた。今、彼女の隣にいるのはステファンだ。


「誰だ?」


 訝しんでステファンが問えば


「それ、が……ヘンリック・パウマン様、なのです」


 言い淀みながら、元婚約者の名を使用人が言った。






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