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10.

 






 ラウラ様に物言いするなど何ということをしてしまったのだろう。


 泣きたい気分で深々と頭を下げるマルグレットの謝罪を一応は受け入れたのか、ラウラはわざとらしい溜息を零し


「喉が渇きました。お茶を頂いても?」


 話を切り替えた。


「はい。もう冷めてしまいましたね。入れ直ししてまいります」


 テーブルの上にある、使用人が出したラウラと自分用のお茶は時間が経っていて冷え切っている。ラウラの機転に感謝しながらも、場の空気に耐えられずマルグレットは退室しようとそう言った。


「いいえ、これで結構ですわ。ああ、お砂糖を取っていただける? わたくし先ほどそちらの飾り棚に置いてしまいましたの」


 ラウラの言葉で飾り棚を見れば、そこに砂糖壺が置かれていた。何故砂糖壺だけ飾り棚に置いたのかを不思議に思ったが、言われた通りラウラから離れて砂糖壺を持ちテーブルへと戻る。


「すみません。お待たせしました」


 マルグレットがテーブルに戻った時にはラウラは窓際からソファに移っていた。対面に座り手にある砂糖壺をテーブルに置くが、ラウラは砂糖を入れずにそのままカップに注がれたお茶を口にした。

 砂糖は? と思いながらもこれ以上の失礼は無いようにとそれは口の中で留め、マルグレットも自分用のお茶を飲もうとカップを手に取り―――


「きゃ……っ」


 カチャンッ


 マルグレットのカップの取っ手が突然外れ、カップがテーブルに落ちて割れた。

 二人は驚いて同時に立ち上がる。ラウラはカップが割れたことに対して。マルグレットは紅茶がラウラの衣服を汚してしまったのでは、と思って。


「すみま、せんっ! お服に掛かりませんでしたか……」


 慌ててテーブルを回って駆け寄ってしゃがみ、ドレスの裾に掛かっていないかを確かめるマルグレットだったが、視線を感じてふと顔を上げた。するとラウラが冷たい瞳で自分を見下ろしていた。その瞳は以前見たことのある瞳でもあった。

 記憶を辿り、思い出す。その瞳はヘンリックが自分を切りつけた時と同じ―――


「ラ、ウラ、さ、ま?」

「どうしてヘンリックは貴女に止めを刺すのを躊躇ったのかしら」

「……っ!」


 ガラリと口調が変わったので、思わずラウラを凝視した。

 マルグレットが犯人について口を噤んでいるにもかかわらずラウラは『犯人』を知っている。

 彼女の台詞はそれを雄弁に語っていた。


 なぜラウラ様がそれを知っているの。ヘンリック様が彼女に罪を告白したの?


「ラウラ、様、それはヘンリック様から……」

「忌々しいカップ。貴女も、昔から本当に忌々しい」

「え?」

「こんな時にカップが割れるなんて、まったく私の手を煩わせないでほしいわ」


 ラウラの言っている意味が理解できないマルグレットだったが、ラウラの手にある短剣が目に入った。つい先程までなかったそれは、おそらくはずっとショールに隠していたのであろう。

 そしてマルグレットにはその短剣のつかに見覚えがあった。マルグレットを切った、ヘンリックが握っていた剣と同じ柄―――

 ラウラは足元にしゃがむマルグレットに向けて短剣を差し出して微笑んだ。


「ねえ、貴女。これで今すぐ自害する? それとも私に殺されたい?」

「な、にを……」


 ラウラの目が細まり、紅い唇が弧を描いた。


「神の子の登録が外され、ヘンリックとは婚約解消。周囲からは侮蔑されている。神の紋様を汚した、神を冒涜した娘のいるグリーディ家の名は地に落ちていて迷惑でしかない存在。貴女が自害するには十分な理由でしょう?」


 ねえ? と口端を上げて微笑むラウラは変わらず綺麗で、しかし背筋が寒くなるほど冷たい空気を纏っていた。

 恐怖に青ざめマルグレットの身体は小刻みに震える。


「貴女が生きていると私に、シュバルシェに、ヘンリックに都合が悪いの。ねえ、ヘンリックを愛しているのなら、今この場で死ねるわよね」


 既に自分の心にヘンリックはいない。そう言いたいのに恐怖で声が出ないため必死に首を横に振り続ける。しかしラウラの目はマルグレットが言葉で否定したとしても、その言葉を信じないと物語っていた。

 ラウラから離れようと震える足で後ずさろうとするが、うまく足が動かずマルグレットは座り込んでしまう。

 声を出せば誰かが来てくれるかもしれない。そう思って口を開きかけたが


「叫んでも誰も来ないわよ」


 ラウラがそれを封じた。


「ヘンリックの時もそうだったでしょう? それにシュバルシェ家とパウマン家の力を持ってすれば、『前』と同じようにこの館での惨劇は『盗賊』の仕業として処理できるの」

「前……処理?」


 ガチガチとなる歯の間から震える声を絞り出す。


「ああ、そうそう。館の外に強大な魔力を持つ魔術師が控えているのよ。彼はこの館の人たちを周囲に知られずにどうにでもできるほどの力の持ち主なの。貴女が抵抗をするようなら、この館は血に塗れることになるわよ」


 ラウラはマルグレットが抗えば、この館に今いる者を皆殺しにすると脅した。

 魔術師、はラウラの手にある短剣の作り主だろう。治癒魔法が効かない切り傷を作れる、魔法の掛かった短剣。マルグレットが切られた際に部屋の音を遮断した魔法はヘンリックが使ったと思っていたが、そうではなかったようだ。ヘンリックが警護人の誰にも見つからずに館内に入り、マルグレットを切り、逃げ切れたほどの魔力を持った魔術師。その存在を全く感じさせない魔術師。


「どうするの? 貴女が自害して一人死ぬのか、私に殺されるのか、この館の者を全員道連れにして死ぬのか。選ばせてあげるわ」


 ラウラはマルグレットを殺す決意を固めてきていることはその表情から明白であった。

 今この館には使用人と警護人が何人もいる。それから


『幸せの道を行きなさい』


 そう言ってくれた愛し尊敬する母親も―――

 彼らを、母親を傷つけられたくはない。


「私が死ねば、他の者には手を出さないのですね?」

「当たり前よ。私が邪魔なのは貴女だけですもの」


 憎しみの感情を隠さないラウラの言葉は真実とみて、マルグレットは震える手を短剣に向けて差し出した。






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