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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 ぜつぼう
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99.虚構の世界 その2

 わたしは遥に詳細を訊ねるため、バッグから携帯を取り出した。

 きっと大笑いして、こんな嘘っぱちの記事なんて気にするなと言うに決まってる。

 遥ときたら、夕べ誰にも見せられないようなとびきり甘いメールを送ってきたばかりなのだ。

 この事実を隠すために、遥があのような技を使ってわたしに甘えてきたのだとしたら、逆に彼の変わり身の早さと二股のテクニックのぬかりなさに賞賛を贈るだろう。


 この週刊誌の記事が捏造であることは、誰の目にも明らかであるはずだ。

 なのに。

 おかしい……。


 メールがそのまま返ってきた。そんなはずはない。

 昨日はちゃんとやり取りができたのだから、アドレスに間違いがあるとは思えない。

 それに、遥がわたしに何の連絡もなく勝手にアドレスを変えることも、絶対にありえない。

 だとすれば、携帯電話会社のトラブルかもしれない。きっとそうだ。

 少し時間を置いてもう一度送信してみればいい。


 五分ほど経ったのち、また送信ボタンを押してみるが。

 やはり、届かなかった。


 わたしはドキドキと鳴る胸を押さえながら、遥の電話番号を表示させる。

 こうなったら直接声を聞くのが手っ取り早い。

 ところがそれすらも繋がらなくて。何度も何度も電話をかけてみたが、それでもだめだった。

 しぐれさんにも連絡を取ってみたけれど、電源を切っているか電波が届かないところに……というアナウンスが流れるばかりで、何も情報を得ることができなかった。


 ただ遥とは違って、しぐれさんの携帯は登録しているアドレスで繋がるようだ。

 連絡を待っていますというメールを送り、返事を待つことにした。

 それでなくても忙しい彼女のことだ。本当に返事が返ってくるのだろうかと、不安がよぎる。


 それならば、と……。奥の手がひとつあることを思い出したのだ。

 遥の事務所に直接連絡する方法だ。

 所属タレントやモデルがダイレクトに事務所と連絡しあえるためのホットラインを教えてもらっている。

 でもこれは最終手段。

 家族に不幸があった場合など、緊急連絡が必要な時にしか使わない回線なので、これくらいのことで電話をかけるのは、やっぱり尻込みしてしまうのだけど。

 ぎりぎりまで待ってみて、それでも遥と連絡が取れない場合にはもうこの道しか残されていない。

 わたしは携帯を握り締め、祈るような気持で、遥とそしてしぐれさんからの連絡を待つことにした。



 玄関の引き戸が、ガラガラと開く音が聞こえた。

 母が帰ってきたのだ。

 わたしは慌てて週刊誌を閉じ、いかにもたった今バイトから帰ったばかりであるかのように装って、母のいる台所へ向かった。


「あ、あら。柊ったら、もう帰ってたのね。そろそろ晩御飯にしましょうね」


 母の様子がいつもと違う。わたしと目を合わすことなく体を屈め、コンロに火をつけた。

 そして冷蔵庫を開け、中を眺めただけでパタンと閉める。

 何かを考えているように立ち止まったかと思うと、また冷蔵庫を開けておひたしの入った鉢を取り出し、つけたばかりのコンロの火を消してしまった。 


「母さん、どうしたの? このお鍋、温めるんじゃなかったの?」


 わたしは母の不可解な行動に首をかしげ、もう一度コンロに火をつけた。


「えっ? あ、そ、そうね。温めるんだったわね。私、どうしちゃったんだろう。いやだわ。歳のせいかしら……」

「そんなことないって。母さんはまだまだ若いんだし。この頃暑いし、疲れてるんじゃない? 今も畑にいたのでしょ? 」


 食器を並べながら、母に訊ねた。


「畑? そうじゃないんだけど……」

「じゃあ、おばあちゃんち? 」

「う、うん。まあね……」


 鍋の中を覗きながら、母が曖昧に頷く。 


「ねえ、母さん。やっぱりおかしいよ。身体の調子が悪いのなら言ってね。台所のことはわたしがするから、食べたあとはすぐに休んでくれたらいいよ」

「柊、ありがとう。私のことなら心配いらないわ。どこも悪くなんかないし。それより、柊。あなたの方が……」

「わたし? わたしがどうかした? バイトも順調だし、何もないけど」

「そ、そう。ならいいんだけど。ただ……」

「ただ? 」

「あ……。夕食が終わってから言おうと思ったんだけど。それが、その……」

「母さん……」


 母の目が何か言いたげに含みを持った目でわたしをじっと見つめた。

 わたしをいたわるような、それでいて、とても哀しそうな目だった。


「柊、今から私が言うことをしっかりと聞いて欲しいの。でもね、柊は何も心配しなくていいの。これはまだ確かな話しじゃないから……」

「母さん。もしかして……。遥のこと? ね、そうでしょ? 」 


 そのとたん、母は持っていた菜ばしをぽとんと床に落とした。


「ひいらぎ……。知ってたの? はる君のこと」


 母が、落とした菜ばしを拾おうともしないで、目を丸くしたまま驚いたように立ちすくむ。


「やだ、何をそんなに驚いているの? だってわたしのバイト先、図書館なんだよ。週刊誌も最新号がすぐに配布されるの。今日見てびっくりしちゃった。えへへへ。遥も大物になった……もの……だ……ね」


 普通に話しているつもりだったのに。

 あんなの、全部でたらめだよって笑い飛ばそうと思ったのに。


 母の顔を見たら、涙が勝手にあふれてきて、とまらなくて……。

 わたしはそのまま母の胸にすがって、泣き崩れてしまった。


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