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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 ぜつぼう
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98.虚構の世界 その1

 その日わたしは図書館の業務を六時に終えるとすぐに駅近くの書店に駆け込んだ。

 それは店に入ってすぐの棚に並んでいた。

 立ち読みをしている人と人の間にすっと手を伸ばし、忘れもしないあの週刊誌を掴む。

 素早く棚から引き抜いて、大急ぎでカウンターに向い、五百円硬貨と共にそれを差し出した。


 左手にはトートバッグと重ねて持った週刊誌の入ったビニール袋。

 そして右手にはレシートと一緒に握り締めた釣銭。

 わたしは脇目も振らず流れ落ちる汗もそのままに、ただひたすら家に向かって歩き続けた。



「ただいま……」


 玄関の戸を開けていつものように声をかけたけれど。母からの返事はなかった。

 どこに行ったのだろう。鍵が開いているところを見れば、そう遠くには行っていないようだ。

 きっと、畑かおばあちゃんの家にいるのだと思う。

 何か足りないものを借りに遥の家に行ったのかもしれない。


 が、母がいないとわかれば、さっき買った週刊誌を読むのにはちょうど都合がいい。

 いろいろ詮索されるのは辛いからだ。

 それに、母の顔を見れば、今までなんとか保ち続けていた心のバランスが、一気に崩れて取り乱してしまうかもしれない。

 今、母と顔を合わせないのは、わたしにとって好都合だった。


 自分の部屋に入ると、夏だというのに襖をきっちりと閉めて窓も開けずに、畳の上に週刊誌を広げた。

 正座をして前かがみになりながら、あの記事を読む。

 たった三ページの中に、信じられないようなありもしない内容がいかにも真実のように語られているのが、否応なしにわたしの目に焼きついていく。


「雪見しぐれが仕事の悩みを打ち明けたのが、堂野遥との交際の始まり……」


 わたしは目を疑った。

 遥がいつそんな悩みをしぐれさんから受けたと言うのだろう。

 絶対にありえないことなのに。


「先月の映画完成披露パーティーで仲睦まじい様子が目撃された」

「堂野遥のモデルデビューを、芸能界での先輩でもある雪見しぐれが献身的に支えている……」


 それって、あの夜のパーティーのことだろうか。

 あの中に、この記事を書いた人が潜入していたとでも?


 それならば、ずっと遥のそばにいたわたしが噂の対象になってもいいはずなのに、ほんの少しだけ会話をしたしぐれさんが、遥の相手としてこんなにも真実味を帯びた内容で書かれてしまうという現実に驚きを隠せない。

 あの場にいた人なら、ここに書いてあることがすべて嘘っぱちであることは、理解してもらえるに違いない。

 けれど、あそこにいた人たちはみんな知らない人たちばかりだ。

 いったい誰が遥の潔白を証明してくれると言うのだろう。


「堂野遥は日本国内でも有名な和菓子の老舗、朝日万葉堂の跡取りである」

「いずれ雪見しぐれは女優を引退し、女将として彼を支え、店を盛り立てていく……」


 ここまで来ると、もう笑うしかない。

 遥の親族も全く知らないことが、あたかも本当のことのように書かれている。

 もちろん遥は、そこに書いてあるとおり、和菓子屋の跡取り息子であることは事実だ。

 でもどうして、しぐれさんが女優を辞めて店の女将さんになるなんてことにまで話が進展するのか。

 というか、憶測でここまで書いてしまうこの記事の編集者に、是非とも会ってみたいと思うわたしは、間違っていないと思う。

 何をどう取材してこのような結論が導き出されるのか、確かめてみたくなる。

 全く別人との交際を遥に置き替えて掲載しているかのようにも思える。


 夏休みに入ってすぐの日付で、スタジオ近くのカフェで二人が会っているところをスクープされている。

 確かにその画像はわたしの知っている二人に違いない。

 遥は斜め後ろからのアングルだが、服とシルエットで彼だとわかる。

 そして向かいに座りにこやかに微笑む女性は、はっきりとしぐれさんだと認識できるように撮られている。

 しぐれさんの柔らかい笑顔がその場のなごやかさを物語る。

 恋人同士の語らいの場に、見えなくも……ない。


 二人がその日に会っていたのはわたしも知っている。

 しぐれさんはあの日以来、大河内のことが忘れられなくて、遥に彼のことを訊いていたのだ。

 そう、それは決して仕事の悩み相談ではなく、彼女自身の恋の相談だったはず。

 なんとかして大河内にもう一度会いたいと、わたしにメールをよこしてきたしぐれさんの頼みに、遥がようやく重い腰を上げた結果がこれだ。

 あまり気乗りしないまま、しぐれさんと大河内が会えるための段取りを付けるため、遥が仲介役を買って出たのが裏目に出てしまったのだろう。


 それにしても……。

 パーティーのあとも、あれほど頻繁に遥と一緒にいたわたしの存在なんて、どこにも書かれていない。

 記者の目は節穴かと思えるくらいお粗末な内容だ。

 おそらくこの写真を撮った記者は、しぐれさんをマークしていたのだろう。

 そうしたら飛び込んできた、願ってもない遥とのツーショット。

 このツーショットをさもありそうな生きたネタとして使うために、すべてがねつ造されて、面白おかしく報道されているとしたら……。


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