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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 ほうかい
84/269

84.俺、怒りますよ。本気で その1

 ぼんやりしていると、しぐれさんがわたしたちのそばに駆け寄り、不安そうな目を向ける。


「あっ、いたいた。あなたたち、いったいどこに行ってたの? 」

「しぐれさん、あの、その……」

「ご挨拶したスポンサーの会長さんがとても分別のある方だったから、すぐにあたしを自由にして下さったのに。どこを探しても、二人ともいないんだもの。もう帰っちゃったのかしらって心配したのよ」

「ごめんなさい。ちょ、ちょっと、ここから外に出ていたので……」 


 明らかに不機嫌そうなオーラを漂わせている遥に変わって、わたしがしぐれさんに答える。

 けれど、しぐれさんと目を合わせるのもほんの一瞬で、あまりの気まずさにすぐにうつむいてしまった。


「ねえ、柊さん。何か急用でもあったの? ここに来ていただいたことが、ご迷惑だったのかしら。だとしたらごめんなさいね」

「いや、そんなんじゃなくて……。ち、違うんです。こちらこそ、心配をおかけして、ごめんなさい。まさか、しぐれさんがわたしたちを探してくれているなんて思いもしなかったから」


 首を傾げるしぐれさんを前に、いなくなった本当の理由など言えるわけがない。

 ましてや、同じホテル内の一角で遥に抱きしめられて、挙句、恐ろしいまでの嫉妬の雨を浴びた後プロポーズまでされただなんて、どんな顔をして話せというのだろう。


 これ以上訊いても無駄だと思ったのだろう。

 しぐれさんがにっこりと笑顔を見せて、いいのよ、気にしないでねと言ってくれた。


「ねえねえ、柊さん。あの人、やっぱり来ないのかしら」

「え? 」

「やだ、柊さん。あの人よ。ほら、メガネの素敵な人。残念だわ。堂野君も同級生なのでしょ? 」


 しぐれさんは、わたしが大河内と会っていたことを、当然のごとく遥が了解済みだと思っているのだろう。

 遥にも同様のテンションで訊ねるのだが、彼は返事をするでもなく、怪訝そうな顔をして、しぐれさんを見ている。


「あら? 堂野君、なんだか変よ。どうしたのかしら。ほら、さっき試写会場で柊さんと一緒にいたあの人よ。堂野君もよく知ってる人なのでしょ? 」

「ああ……。大河内ね」

「そうそう。大河内さん! 」

「知ってると言えば知っているし、知らないといえば知らない……。同郷の男というだけで、ほとんど話したこともない、そういう関係でしかないですけど」

「そうなの? なんだかよくわからないけど……」

「そもそも俺はあいつと何も関係ないし、親しくもない。ただし、柊はあいつと同じクラスだったこともあるから。昔から俺の知らないところで二人きりで会ってることもあったし、今でも仲がいいんじゃないですか? 」


 遥は近くにいるわたしのことなど見向きもせずに、皮肉を込めながら淡々と返事をする。


「仲がいいんじゃないですかって、なんだか他人事みたいね。そっか、そういうことなんだ。ねえ、堂野君。もしかして……だけど。あなた、妬いてるんじゃない? 」


 遥の眉がキッとつり上り、あろうことか、しぐれさんを睨みつけたではないか。

 これはまずい、と思ったけれど、しぐれさんは尚も遥をけしかける。


「やっぱり、そうなんだ。うふふ……。そりゃあ仕方ないわよね。あの人、そうとうカッコよかったもの。堂野君、ぼやぼやしてると柊さん、あの人に取られちゃうわよ」


 しぐれさんの愛嬌たっぷりの口元が、弾みとはいえ、世にも恐ろしい言葉を吐き出してしまったのだ。

 それは遥にとって、一番触れて欲しくない領域であり、特に今のこの瞬間は、一番避けたいワードでもある。

 地雷を踏まれた遥がこれで引き下がるはずもなく。


「しぐれさん。いくらあなたでも、それ以上あいつの話をするなら……。俺、怒りますよ。本気で」


 遥の目が鋭い眼光を放つ。

 今夜はしぐれさんの映画完成の記念パーティーだというのに、遥ときたら、ムキになって感情を露わにする。

 それくらい、笑って聞き流すのが、大人の対応ってものではないかと思うのだが、裏を返せば、遥がわたしのことをそんなにも深く想ってくれている証拠ともとれる。

 遥のストレートな気持が嬉しいはずなんだけれど、今の彼の顔はかなり怖い。


 しぐれさんも言い過ぎたと思ったのだろう。

 ほんの一瞬、彼女の顔から笑顔が消えたような気がしたが、またすぐに瞳に生気が戻ってきた。


「まあ、堂野君ったら。本気にしてる。そんなの、冗談に決まってるでしょ! それにしてもうらやましい。こーんなに堂野君に愛されちゃって。幸せよね、柊さん」

「あっ、いや……」


 わたしをじっと見つめるしぐれさんの大きな瞳に、全身が吸い込まれてしまいそうな気持になる。 

 大きく開いた胸元が急に気になり、恥ずかしくなる。

 手でドレープを押さえ、胸元を隠すようにしながら、まだ不服そうにしている遥をちらっと見る。

 わたしが見ていることに気付いているはずなのに、遥ときたら、わざとわたしを避けるようにして、そっぽを向いていた。

 それを見てクスッと笑ったしぐれさんが、わたしの耳元でこっそりとささやくのだ。

 男の人って、どうしてこんなにわかりやすい態度を取っているのに、素直じゃないのかしら……と。


「それに、柊さんったら。ふふふ。口紅、取れてるわよ。さては、ここからいなくなってた間に、彼に食べられた? 」


 わたしはあわてて口元に手を添える。


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