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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 ほうかい
81/269

81.なんだか気になるのよ その2

「しぐれさん、本日は蔵城ともども、今夜のパーティーにお招きいただき、ありがとうございます。そして、映画の完成、おめでとうございます」


 わたしの心配をよそに、しぐれさんの助言をさらりと聞き流した遥が、すらすらと謝意と祝いの言葉を述べる。

 立ち居振る舞いも完璧だった。


「おい、柊も……」


 わたしにも挨拶をするよう、遥がそっと背中を押した。 


「あ……。こ、今夜は、こんな素敵なパーティーにお招きいただいて、ほんとうにありがとう、ござ……ございます」


 緊張のあまり、結局こんな杓子定規なあいさつしかできない。それもたどたどしく、恥ずかしいことこの上ない。


「まあ、柊さん。前にも言ったでしょ。わたしたちの間には遠慮なんていらないって。これからは普通の友達同士のように話してねって。ふふ……。柊さん、残念なんだけど。向こうの扉の辺りにいる、紳士の皆様たちにもご挨拶しなきゃならないの。そろそろ行かなくちゃ。ゆっくりお話しできなくてごめんなさい」


 しぐれさんは少しすねたようにして、そんなことを言う。

 本当にしぐれさんはここでゆっくりと話をしたかったのかもしれない。

 いくら仕事だとはいえ、しぐれさんだって、家に戻ればわたしとひとつしか違わない普通の女の子なのだ。

 もっと自由に、楽しく振舞いたいに違いない。

 人には言えない苦労もたくさん胸に秘めているのだと思う。

 見るからに打算的な笑顔で尻尾を振る業界の人たちと、まだまだ対峙しなければならないのだ。

 仕事だと割り切って、この場をうまく切り抜けてこそ、今後の雪見しぐれとしての女優生命が繋がっていくのかもしれない。

 さっきまで、業界風の人たちに囲まれていた遥もそうだが、華やかな世界の裏側には、とんでもなく醜い大人達の打算が渦巻いているように思えてならなかった。


 わたしは遠ざかっていくしぐれさんを見ながら、さまざまな思いを巡らせていた。

 そして、何事も起こらなかったことに、安堵のため息をつきかけた……のだが。

 向こうに行ったはずのしぐれさんが、再びこちらに戻ってきて、わたしの身も心も凍りつかせるようなことを口走る。


「えっと……。さっきの柊さんのお友だち、誰だったかしら……。ほら、すらっとしてハーフのような顔立ちの。メガネをかけたあの男の方。今夜はいらっしゃらないの? お仕事、忙しいのかしら。ねえねえ、柊さん、今からでもいいので、是非連絡してさしあげて。なんだか気になるのよ、あの方のことが。ふふふ……」


 ほんのり頬を染めたしぐれさんはそれだけ言い残して、今度こそ扉の方に向かってわたしから離れて行く。

 時折り振り返って、こっちに向かって手を振るしぐれさんをぼんやりと見ているわたしの前に、視界を妨げるように誰かが立ちはだかった。


 遥だ。


 すべてをそばで聞いていた彼の凍った視線が、わたしを冷たく射抜く。

 さっきの話との矛盾をただちに理解したのだろう。

 本屋に行っていたはずのわたしが、遥の知らない誰かと会っていたという事を。

 もう彼と目を合わすことなんてできない。

 言い訳すら何もできなくて、おもわず下を向くと、その先には震える遥の拳があった。


「柊。ちょっと来い……」


 遥の低く唸るような声がわたしの耳にじっとりと響き、それはたちまちに、全身を恐怖で覆いつくしていった。

 

 遥に腕をつかまれ、瞬く間に会場の外へ連れ出された。

 レースのストールが肩からずり落ち、右手に持ったバッグが反動で大きく揺れる。

 絨毯敷の廊下にヒールをとられ、躓きそうになった。


 それでも遥は歩くスピードを緩めることはなかった。

 それどころかどんどんスピードを増す。

 わたしはよろめきながらも彼のスピードに合わせるよう小走りになってついて行く。


 エレベータホールを過ぎ、突き当たりのドアの向こう側にある階段の踊り場で、ようやく遥がわたしの腕から手を離した。

 痛みは全く感じないけれど、遥がつかんでいたところだけ、皮膚の色が赤く変わっていた。


「柊。今さっき、しぐれさんが言ったこと……。あれはなんだ? 」


 遥が一切表情を変えずにわたしに訊ねる。


「それは……」


 この人が本当に遥なのだろうかと思えるくらい別人のような目をした彼を目の当たりにしたまま、わたしは言葉に詰まってしまった。


「柊。確か、ここに来る前、本屋にいたと言ったよな? 」 

「う、うん。その……」

「なのにどうして、しぐれさんがあんなこと言ったんだ? ハーフのような顔立ちの男って、誰だ。メガネをかけた男って、誰なんだ! そいつと一緒にいたのか? なあ、柊。どういうことなんだ? 何か隠してるだろ? ちがうのか? 」


 遥の顔が目の前に迫ってくる。

 でもそこには、いつも見つめ合う時の慈しむような優しい瞳はどこにもなく、わずかばかりの甘さのかけらすら探しても見当たらない。

 鋭い光を放つ彼の瞳が、殺意すら含んでいるように見える。

 じりじりと踊り場の壁際に追いやられ、わたしの背中にひんやりとした大理石の壁面が密着した。


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