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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 ほうかい
80/269

80.なんだか気になるのよ その1

 彼はいったいどこに行ってしまったのだろう。

 ヒールの高さのおかげで、いつもより数段高い位置に目線があるというのに、遥を見つけ出すことはできなかった。

 しぐれさんを取り囲む人だかりを凝視してみても、遥らしき人物は見当たらない。

 幼い子どもでもあるまいし。遥の姿が見えないくらいでおろおろしてどうするんだと自分を戒めてみる。

 気を取り直し、もう一度、ぐるりと辺りを見回した。

 すると、後ろの扉のあたりに人が集まっているところが見えた。

 その中心にいる見覚えのある人物に焦点をあててみる。

 やっと見つけた。遥だ。


 歩き回る人の邪魔にならないように、壁伝いに少しずつ距離を詰めて遥に近寄っていく。

 それが奇妙な動きであることは、わたしにもわかっていた。

 でも、慣れない足元が、どうしてもわたしの行動を負の領域に制御してしまうのだ。

 こうやって壁に手を添えながらでないと、思うように前に進めないのだから仕方ない。


 ようやく遥のそばまでたどり着くと、呆れたような顔をした彼と目が合った。

 取り囲まれていた数人に頭を下げて、遥がこっちに駆け寄ってくる。


「なんでこんなところまで来るんだよ。あそこで待っていればよかったのに」

「だ、だって。急に遥がいなくなっちゃうんだもの。わたし、心細くて」

「すぐ戻るつもりだったから、何も言わなかったんだ。柊も珍しそうにあちこちを眺め回していたじゃないか」

「それはそうだけど。いなくなるんだったら、一言わたしに声をかけてよ」

「はいはいわかりました。以後気をつけます」


 全く反省している様子が窺えない遥に、段々腹立たしさを覚える。

 誰も知っている人のいない会場で、ポツンと一人ぼっちにされことがどれだけ辛いことなのか。

 遥は何一つわかっていない。

 大勢の前だから自粛したつもりだけど、ほんの少しだけ口元を尖らせて、不満をアピールしてみせた。


「まあ、そんなに怒るなよ。それがさ、俺のことを知っている広告代理店の人と、さっき偶然会って。なんでこのパーティーに来てるんだとかいろいろ聞かれてさ。本田先輩との打ち合わせどおり、事務所つながりだと言ってごまかしておいたよ。小百合さんやしぐれさん絡みで俺がここにいることは、あまり(おおやけ)にしないで欲しいというのが本田先輩の意向なんだ。しぐれさんの立場もあるからな。彼女と個人的に知り合いとなると、それはそれで、まずいこともあるらしい」


 遥もいろいろと大変なんだ。

 しぐれさんは日本中の人から注目されている今を時めく新進女優だ。

 モデルデビューを控えている遥との接触も、慎重さを求められるのだろう。

 伊藤小百合が病気を理由に仕事から遠ざかっていることもあって、あまり彼らの名前を出せないというのもある。

 わたしはしぐれさんの友人ということになっているらしい。

 もし誰かに何か訊ねられたら、そう答えるようにとタクシーの中で遥に言われた。

 今後は遥のプライベートもあまり大っぴらにできないのかもしれない。

 だから、わたしが遥と親しげにしているのもあまりよくないと、頭では理解しているつもりなのだが……。


 コンパニオンの女性が運んでくれたグラスワインを飲みながら、遥と少し離れた位置に立ち、再び周囲の人を傍観することにした。

 しきりに時計を気にする人、携帯を手放さない人、若い女優やタレントの卵らしき集団にちょっかいを掛ける人……。

 純粋にしぐれさんを祝福するためだけにここに来ている人は、いったい何人くらいいるのだろうなどと不謹慎な考えがふとよぎる。

 形ばかりのこのパーティーに、社会の裏側の縮図を見たような気がした。


 すると突然、おおっと言う声が湧き上がる。

 そして次の瞬間、大粒のパールのネックレスがわたしの目に飛び込んできた。


 え? しぐれさん?

 

 わたしの前で立ち止まりにっこり微笑んでいるのは、間違いなくしぐれさんだった。


「柊さんったら、こんなところにいたのね。どおりで、どこにいるのかわからなかったはずだわ。どうしてそんな片隅にいるの? もっとみんなのいる所に混ざって。ね、美味しそうなお料理もいっぱい並んでるんだし。もっともっと自由に楽しんでちょうだいね。そうそう、今夜は来て下さって、どうもありがとう」


 わたしの手を握りながらしぐれさんが優しく声をかけてくれる。

 あまりにも急で、何も準備が出来ていないわたしは、ただぽかんと口を開けたまま、しぐれさんの透き通るような白い肌を見ていた。


「あら、素敵……。そのドレス、とっても似合ってるわよ。……堂野君。彼女、とてもきれいだわ。そんなに離れてないで、ちゃんとエスコートしなきゃ。柊さん、誰かにさらわれちゃうかも」


 わたしは遥の耳元でささやくしぐれさんの最後の言葉にドキッとさせられる。

 きっと、何も悪気はなく、わたしを褒めてくれただけなんだろうけど。

 さっきの試写会のことがあるから、素直に聞き入れることができないのだ。

 誰かにさらわれちゃうかも、の誰かは、大河内のことも含めて言っているに違いない。

 このまましぐれさんと一緒にいたら、あのことがばれてしまうのではないかと心穏やかでいられるはずもなく。


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