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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 ほうかい
76/269

76.天罰 その1

「大河内君。映画はどうだったかな? 」


 スタッフルームの扉の前で、通路の向こう側からやって来た人に突然呼び止められる。


「あっ、主任。今日は無理言って、本当にすみませんでした」


 大河内がより一層姿勢を正して、その人に深々と礼をする。

 上司だろうか。


「何か不備はなかったかね? 私たちスタッフとしては、わりとスムーズにお客さまを誘導できたんじゃないかと思うんだが」


 大河内が主任と呼んだ父と同じ年齢くらいのその人は、黒のスーツをビシッと着こなし、仕事をバリバリこなせそうな頼りがいのある人に見えた。


「ええ。混乱もなくよかったと思います。ただし、僕たちが館内に入ったのが遅くなったせいもあるんですけど、一階の端のシートはスクリーンが見にくくて、他のお客様にも不便をおかけしたのではないかと。前方五列の両サイド三シートは予備席としてあらかじめ封鎖しておく方が、お客さまに対して親切だったかもしれません」

「やはりそうか。まあ、もともとここのホールは映画鑑賞用ではないからな。そのあたりは今後の課題ということで、君の意見を参考にさせてもらうよ。で、そちらのお嬢さんは? もしかして、れいの? 」


 主任さんが目を細めて、わたしを覗き込む。れいのって、どういう意味だろう。

 まさかとは思うけど、大河内がわたしとの関係を誇張してこの人に伝えていたとしたら……。


「あ、いや。昔の同級生の、蔵城さんです。で、この方はここのホールのスタッフで主任の国本さんだ」

「あ、あの。こんばんは」


 大河内が紹介してくれた主任の国本さんに、失礼のないように挨拶をする。

 終始にこにこと笑顔を絶やさないこの人は、きっとわたしと大河内の関係を誤解している。


「蔵城さん。彼からあなたのお噂はかねがね……あははは! そんなに緊張しなくてもいいですよ。大河内君は若いのに、これがまたなかなかやり手でしてね。私たちホール職員も彼にはいろいろと助けてもらってるんです。そんな彼がね、どうしても今回の試写を見てもらいたい人がいると言うものだから、じゃあモニターになってもらおうとスタッフ配分のチケットを彼に渡した、というわけです。こいつ、こんな目立つ容姿だから、コンサートの出演メンバーとよく間違えられて、サインまで迫られるほどの名物スタッフなんですよ。蔵城さん、これからも大河内君のこと、よろしくたのみますね。はっはっはっはっ! 」


 わたしの噂はかねがねって。それに、これからも大河内のことを頼みます、ですって? 

 それっていったい……。

 主任さんときたら、何もそんなに楽しそうに笑わなくてもいいのにと苦々しい思いでいっぱいになる。

 こういう場合、どのように返事をすればいいのだろう。

 本当に困る。今すぐにでも、ここから逃げ出したいくらいだ。


「主任。蔵城に向かって、あまり変なことを言わないでくださいよ……。彼女、困ってるじゃないですか。前にも言いましたけど、蔵城にはちゃんと彼氏がいるんですから」


 わたしは大河内の言葉に思わず顔を上げた。


「ただの中学時代の同級生だって、ちゃんと説明しましたよ。その辺はきちんと理解していただかないと、もう彼女と会えなくなるじゃないですか」

「はははは! わかった、わかった。そうムキになるな」

「主任、本当に頼みますよ。それで、蔵城が帰りを急いでるみたいなので、館長に手短に感想を伝えたいのですが……」


 今の大河内の言葉から、主任さんの勇み足だと言うことがわかってほっと胸を撫で下ろす。

 よかった。大河内はわたしとの関係をきちんとわきまえてくれているようだ。


「ああ、それなんだが。今館長はここのスタッフルームで接待中なんだ。もう少しだけ待ってもらえるかな? 」

「わかりました。……蔵城、それでもいいかい? 」


 大河内が申し訳なさそうにわたしを見る。

 彼がわたしを早く帰そうと気遣ってくれているのがわかって、少し気持が楽になった。

 ここまで来たのだから、あと少し待つのも今すぐ帰るのもたいして違わないだろう。


「いいわよ。あと、少しなら」


 そう言ってにっこりとして見せた。

 すると、大河内が安堵したのかふうっと息をはき、ありがとうと言った。

 わたしだって、それくらいの度量は備えているつもりだ。

 大河内がまじめに取り組んでいる仕事絡みのことに関しては出来る範囲で協力したいと思う。

 何もやましいことはない。


 それから数分後にスタッフルームの扉が開き、中からぞろぞろと人が出て来た。

 少し年配のどこかで見た記憶がある顔立ちをした男性に、目を奪われる。

 んん? もしかして、おばあちゃんがよく見てたテレビの時代劇に出てた人ではないだろうか。

 そうだ、さっき舞台挨拶をしていた、あの俳優さんだ。

 そうか。ここのスタッフルームでさっき舞台にいた俳優さんたちを接待していたんだ……。

 ということは……。

 し、しぐれさんも、ここに?


 ドクンと心臓が大きく跳ねたまさしくその時、すらりと背の高い女性が、甘い香りと共にわたしの前に姿を現した。

 瞬間、その人と目が合う。

 あ……。


 足が動かない。

 はっと息を吸いこんだ後。声も出ない。

 その人から目を逸らすことも出来なかった。


 そこにいたのは。やっぱり、間違いなく。雪見しぐれだったのだ。

 しぐれさんは大きな目をぱっと見開いて駆け寄り、両手でわたしの手を包み込んだ。


「柊さん? 柊さんじゃない! まあ、どうしてここへ? 試写のチケット、どうやって手に入れたの? 懸賞に応募したのかしら? あたしの割り当て分は余分がなかったので、堂野君に渡せなかったのに。出版社関係から回ってきたのかもしれないわね。そうそう、柊さん。今夜のパーティーには来てくれるんでしょ? 」

「え? あっ、は、はい……」


 チケットがどうのとか、今夜のパーティーとか、何のことだかさっぱりわからないけれど。

 ここで質問したりするのはしぐれさんに対して失礼な気がして、咄嗟に話を合わせてしまった。

 それより何より、今ここで彼女に会ってしまったことの方が、わたしにとっては、過去最大級のピンチなのだ。

 何も言えずに立ちすくむわたしと、何やら親しげに話しかけてくる雪見しぐれを見て、隣にいる大河内は、驚きのあまり呆然としてその場に突っ立っていた。

 それに気づいたしぐれさんが、不思議そうに訊ねてくる。


「あの……。もしかして、こちら、柊さんのお連れの方? 」


 遥がいないことにようやく気付いたのだろうか。

 しぐれさんが、少し気まずそうにわたしを見た。


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