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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 ほうかい
70/269

70.歯車の歪み その1

 先輩が慣れた手つきでグラスに氷を入れ、ウィスキーとミネラルウォーターを注ぐと、無言のまま遥に渡す。

 すると遥が思案顔になり、グラスをそのまま盆の上にもどした。


「おい、どうした。水割りは嫌いか? うちは親の仕事の関係上、ウィスキーをもらうことが多いから、どうしてもこういうのになる。ソーダで割ったハイボールもうまいぞ。それとも、チューハイの方がいいのか? 宮崎から取り寄せている焼酎もあるにはあるが……」


 そう言えば小百合さんは、つい最近までウィスキーのコマーシャルに出ていたような気がする。

 先輩のお父さんも会社役員だと言っていたから、贈答品としてもらうことも多いのだろう。


「あっ、いや。それが、実は俺、まだ十九なんで……」


 先輩の言葉を受けて、遥が気まずそうに言った。


「今度の雑誌の発売の件もあるし、誕生日までは飲まないつもりでいます。せっかく勧めてもらったのに。本当に申し訳ないです」


 そうだった。遥はまだ十九だったんだ。そう言えば彼が飲酒をしているところは見たことがない。


「あらーー。律儀なのね。でも、ここで飲んだって誰にも知れやしないわ。せっかくだもの、もしいける口ならばガンガンいってちょうだいよ。遠慮はいらないわ」


 そう言って、しぐれさんが遥にグラスを差し出す。

 ところが本田先輩がその手を押さえた。


「しぐれ、やめとけ。そうか。おまえ、モデルやってるんだったな……。こんなことで週刊誌を賑わせるのもどうかと思うし。俺はおまえの意思を尊重する。それに、この後、蔵城を家まで送るつもりなんだろ? 」

「ええ、まあ……」 

「なら、おまえはウーロン茶かジュースにしておけ。といっても、誕生日、もうすぐなんじゃないのか? 」

「ああ、来月です。まあケジメっていうことで、それまでは口にしないでおきます。しぐれさん、付き合いが悪くてすみません。その代わりといっちゃなんですが、こいつ、もう二十歳なんで、俺の分もどんどん飲ませてください」


 隣に座っている遥が、わたしがお酒に弱いって知っているくせに、からかうような目つきでそんなことを言う。

 確かに年齢的には解禁だけど、ビールも缶チューハイも、たったグラス一杯飲んだだけで顔が真っ赤になるくらい情けないありさまを、これまでにやなっぺにも披露して来ている。

 柊は飲まなくていい、と、仲間からもお許しをもらっているくらい、ひどい下戸っぷりなのだ。

 それなのに、ウィスキーだなんて。

 わたしには、とてもとても。飲めるわけないし、無理に決まってる。

 ところが、まずは水割りね、としぐれさんににっこり微笑まれるとそれ以上何も言えなくて。

 珍しさも手伝って、香りのいいウィスキーやブランデーを勧められるままに飲んでいたら、いつの間にか意識が無くなるほど酔ってしまっていた。

 後で遥に聞いたところによると、わたしの酒癖は決して悪くはないけど、突如意思表示がはっきりして、とてつもなく頑固者になるそうだ。

 みんなが泊まっていけというのを完全に無視して、絶対に自分のアパートに帰るんだと、右も左もわからない本田邸の庭をふらふらと彷徨っていたらしい。

 遥に取り押さえられ、タクシーでアパートまで連れ帰ってくれたのだと言う。

 言葉では言い表せないほどの激しい頭痛で目が醒めた時には、思いっきり不機嫌な顔をした遥がベッドで腕枕をしてくれていて。

 どうやってここまで帰って来たかなんて、全く何も思い出せなかった。


 先輩やしぐれさんに、何て思われたのだろう。

 それより、小百合さんにちゃんとお礼を言ったのだろうか。

 何も覚えていない自分が情けなく、痛みで割れそうになる頭を抱えたまま、ベッドの中から仕事に向かう遥を見送るはめになった。


「じゃあ、行ってくるよ」

「う、うん。寝たままで、ごめん……」

「半日も寝てりゃ、そのうち治るだろう。薬はテーブルの上にある。……ったく、おまえって奴は。ヒトの気も知らねぇで、勝手に酔っぱらいやがって。この借りは近いうちに倍にして返してもらうからな。覚えておけよ! 」


 その捨て台詞の意味をようやく理解した頃には、もう遥の姿は無かったというわけだ。

 発した言葉とは裏腹の、別れ際に彼から受けた熱い口づけの余韻がいつまでもわたしの唇になごりをとどめ、頬のほてりが治まるまで身動き一つ出来なかったのだから。


 前期のテスト期間に入り、運よくその日の午前中は何も予定がなかった。

 ベッドの上でごろごろしながら、夕べ小百合さんやしぐれさんと楽しく過ごしたことを、いろいろと思い出していた。

 アルコールが入るまでのことは、はっきりと記憶に残っているのだ。

 いつもはテレビの画面や映画館のスクリーンを通してでないと出会えない人たちに突然会うことになり、そんな人たちと、普通に家族のように接してきた夕べの体験は、思い出すほどに胸がドキドキして、勝手に顔の筋肉が緩んでにやけてしてしまう。

 まさに夢見心地という経験だ。

 記憶が新鮮なうちに、この幸福感を誰かと分かち合いたくなってきた。

 そうだ、やなっぺだ。彼女に昨日のことを聞いてもらおう。

 きっと、びっくりするだろうな。

 そんなの嘘だと言って、すぐには信じてもらえないかもしれない。

 わたしは逸る胸を抑えながら携帯を手にして、素早く通話ボタンを押した。


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