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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 ほうかい
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68.女優の横顔 その2

「あははは……! こんなに笑ったの、久しぶりだわ。だって、柊さんったら、本当に困ったって顔してるんだもの。はあーっ。ああ、おかしい。あたしが堂野君を横取りするわけないでしょ? あたしにはちゃんと……。って、こんなこと初対面のあなたに言うべきじゃないわね。あたしったら、すっかり柊さんの優しさに甘えちゃってる。ごめんなさいね。ふぅーっ。そうだわ、ちょっと訊きたいんだけど」

「なんでしょうか」


 ようやく笑いの嵐が去っていったしぐれさんが、呼吸を整えて、わたしに何やら疑問をぶつけてきた。


「柊さんと堂野君って、お付き合いがかなり長そうなんだけど。だって二人の間には、全然他人行儀なところがないんだもの。なんだかとっても微笑ましくて」


 しぐれさんにそんな風に見られていただなんて、恥ずかし過ぎて穴があったら入りたくなる。

 そう言えば車の中でも本田先輩に、遠慮なくイチャついてくれとか言われたのを思い出す。

 もしかして、自分でも気付かないうちに、遥とべたべたしてるのかもしれない。

 自分たちに限ってそんな見苦しいことはないと思っていたのに、他人の目にはそのように映っているってことみたいだ。

 自己嫌悪に陥りそうなくらい、落ち込んでしまう。


「あの……。長いと言えば、長いです。すごく長いと思います……」


 わたしは意気消沈しながら、正直に答えた。

 気持を通い合わせてからはまだ五年くらいだけど、一緒にいる時間を問われれば、生まれてからずっとということになる。


「ふふふ……。柊さんったら。そんな敬語なんて使わなくてもいいのに。大学のお友だちに話すみたいに、普通にしゃべってくれたらいいのよ」

「で、でも。そういうわけには……」

「いいってば。その方が、お互いのことをもっと知れるし。あのね、雄ちゃんが心を開く人って、すっごく限られてるの。だから雄ちゃんが太鼓判を押した人なら、間違いないって思うことにしてるの。今朝、あたしがここに来るなり、あなたたちのこと、すっごく自慢げに話してくれたのよ。ふふふ……」

「そうなんですか? 」


 太鼓判って。でも本田先輩がわたしに心を開いてるとは、全く思えない。

 ただし、遥と先輩は、日に日に絆が強くなっているように見えることから、しぐれさんの言ってることも的を得ている気がする。


「ほらほら。また敬語になってる。普通にね」

「は、はい。じゃあそうしま……じゃなくて、そうする……ね」

「うんうん。その調子。で、さっきの話だけど。やっぱり、堂野君とのお付き合い、長いんだ。じゃあ、高校の時から? 」

「ううん。違うの。それが……。付き合い始めたのは中三の時なんだけど、小さいころからずっと一緒だったから」

「へえ、そうなんだ。なら、幼なじみって感じ? 」

「うん。家も隣同士で、親戚なんです……じゃなくて、親戚なの」

「なーんだ。そうだったの。道理で、すっごく馴染んでるわけだ」

「馴染んでる? 」


 そんな言い方をされたのは初めてだったので、思わず首を傾げてしまった。


「そう。恋人同士の熱いラブラブ感ってのとはまた違うのよね。どう言えばいいのかな。そうそう、あたしと雄ちゃんの間に流れてる空気と同じような感じ……」


 さっき小百合さんが言ってたように、しぐれさんと本田先輩は従妹同士だ。

 そう言われれば、しぐれさんと本田先輩の関係に似ているのかもしれない。

 本田先輩のことをとても嬉しそうに話すしぐれさんをじっと見ていると、ふと、とんでもない事実が浮き彫りになってきた。

 本田先輩には失礼な話だが、二人はあまり似てない。

 しぐれさんは誰の目から見ても、大勢いる日本の女優さんの中でも、最上級に美しい部類に入ると思う。

 だが、本田先輩は……。

 顔の作りは残念ながら、わたしたちと同様、一般人の範疇から抜け出すことはないと思う。

 背が高く、スタイルは抜群なのは認める。声も渋くて素敵だ。

 でも顔は……。親しみのある、標準的日本人顔だと思う。

 もし本田先輩が、小百合さんの遺伝子を強く受け継いで、おまけに先輩のお父さんの血縁関係にあるしぐれさんに似ていたなら。

 もう間違いなく、生まれながらにしてのトップスターになっていたんだろうなと思う。

 そんなことを考えながら、わたしは何か引っかかるものを感じていた。

 本田先輩の話をする時の、しぐれさんの何とも言えない幸せそうな、そして、楽しそうな表情が目に焼きついて離れないのだ。

 馴染んでいるという、わたしと遥の関係に似ているしぐれさんと本田先輩の間柄……。

 んん?

 これって、もしかして、もしかするのではないだろうか。

 しぐれさん、実は本田先輩のことが、好きなのかもしれない。

 親戚同士だけど、それを越える特別な気持を抱いている可能性も否定できない。

 野生的なワイルドさを持った本田先輩と、類稀(たぐいまれ)な美しさと賢さを兼ね備えた美女、雪見しぐれ。

 つい今しがた、本田先輩が一般人顔だとか、言いたい放題、心の中で論じたことを反省する。

 どこも悪くはない。この二人の組み合わせは、案外ベストカップルなのかもしれない、などと思えてくる。

 本田先輩も、しぐれさんに思われて、悪い気はしないはずだ。

 ってことは、今後はそんな進展もありなのかなと期待を寄せてしまう。

 ところがそこでわたしはある事に気づいたのだ。そう、本田先輩の好きな人のことを。

 数か月前、遥の部屋に真夜中にやって来た、あの里中先輩のことを……。

 この人は、本田先輩の好きな人の事を知っているのだろうか。


 何か飲み物を見繕ってくると言って本田先輩と遥がこの部屋を出て行ってから、随分経つ。

 しぐれさんの話をこの先もっと聞きたいような、でも、遥と先輩に早く戻ってきて欲しいような……。

 そんな複雑な気持を胸に抱きながら、わたしはしぐれさんの憂いを帯びた横顔をこっそりと窺い見た。

 

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