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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 ほうかい
63/269

63.トップシークレット その1

「いたい! んもう、痛いよ」


 わたしは遥に突かれたおでこをさすりながら下を向いた。

 本当は痛くなんかないけれど。

 そんな風におでこを触られたことなんて、今までなかったものだから、なんだか恥ずかしくて、そしてちょっぴり嬉しくて。

 心にもないことを言って、思わず俯いてしまった。


「ねえ、遥。ってことは、遥もここの建物のどこかに住ませてもらってるんだよね? 」


 わたしは下を向いたままミュールの足先を蹴って遥に訊ねる。

 くれぐれも、おでこのことを悟られないように最善の注意を払いながら。

 よく考えてみれば、ここは家の中だというのに、靴を履いたままだということに気付く。

 足元はフローリング風の木の床で。ここまで歩いてきた廊下は、毛足の短い絨毯が敷き詰められていた。

 本当にホテルのようだ。

 わたしは気持がふわふわして、踊りだしたいような気分になっていた。

 映画のワンシーンのように、男性にリードされて、ワルツのステップを踏めたらどれだけ素敵だろうと思えるくらい、洗練された空間だった。

 こんな家で暮している遥がうらやましい。

 ここなら本当に部屋はいっぱい余っていそうだ。

 遥の一人や二人くらいなら、充分に住まわせることは可能なのだろう。


「住み心地はどう? 」


 やっと落ち着きを取り戻し、遥と目を合わせて話すことが出来た。


「住み心地? ああ、いいよ。でも俺が寝泊りしてるのは、この建物じゃない。離れの、普通の家にいる。先輩の家族も普段はそっちで生活してるぞ。ここはおもに客を招く時の特別な場所なんじゃないか? よく知らないけど、俺も初めて通されたんだ」

「ええ? そうなんだ。ああ、びっくりした。だって、まるでホテルみたいなんだもん。なんか場違いっていうか、もう帰りたいっていうか……」

「はははは、来るなり帰るってか? 実をいうと俺も。先輩ちに世話になるって決まって、初めてここの門をくぐった時、マジで腰抜かしそうになったからな。このでけー建物はいったい何だ、ってな。それに、柊の見立ては間違ってない。ここは昔、ホテルというか、迎賓館みたいなところだったらしいぞ。先輩のじいさんが事業に成功して、戦後のどさくさに紛れて、安く買ったんだとさ」


 天井が高く、壁の腰の位置にボーダー柄の壁紙が貼られ、まるでインテリア雑誌からそのまま飛び出してきたようなエレガントな内装に仕上げられていた。

 木枠の窓も上下にスライドさせるレトロなタイプで、チュールレースだろうか、見るからに上等だと思われるレースのカーテンが細いひも状のタッセルで窓の片側に寄せられ、夕方の柔らかい光が室内を優しく満たしていた。

 庭には樹木も多く植えられていて、心持ち暑さも和らいで涼しく感じられる。

 さっきまでうるさく鳴いていたアブラゼミも、とたんに静かになった。


「悪い。待たせたな」


 突然部屋に入ってきた先輩が遥に向かってそう言った。

 そして、ついでにわたしの方も見た。でもいつもと違って、柔らかな眼差しだった。


「さて、食事室の方へ行くとするか。蔵城。今日は突然誘って申し訳ない」

「あ、いや、そんなことはない……です。お招きいただいて、その、嬉しいです」

「そうか。俺も、正直こういった会食は苦手なんだが、お袋がどうしてもって言うもんで……。それにあんたにはうまい夕飯をよく食わしてもらったからな。今夜はゆっくりしていってくれ」

「あ、ありがとう、ございます」


 どういった風の吹き回しだろう。

 こんなに紳士的に振る舞う先輩の姿は、今まで見たことがない。

 もしかして、これが先輩の本当の姿なのだろうか。

 だとしたら、わたしはこれまで先輩をかなり誤解していたことになる。


「二人とも、あまり硬くならないで。普通にしてくれてたらいいから。今朝からはりきってたぞ、お袋」


 なぜか笑顔まで見せながら、先輩がわたしに謝ったりするものだから、調子が狂ってしまう。

 本田先輩って、本当はこんなに陽気にしゃべる人だったのだろうか。

 何か言わなければと焦ってしまう。

 せっかくこんなに楽しそうに話してくれてるのに、頷くばかりでは失礼だ。

 わたしは意を決して、気になっていたことを訊ねてみることにした。


「せ、先輩。あの……。お母様、具合が悪いんですよね? なのに、押しかけてしまって、本当にいいんでしょうか……」 


 そうだ。いくら誘ってもらったからって、ほいほい着いて来てしまった自分が非常識ではないかと不安になる。

 社交辞令ということもあるからだ。


「あっ、そのことなら心配いらないよ。もう病気の方は治っているから。マスコミには内緒だぞ」


 先輩が口元に人差し指を当て、ちゃめっけたっぷりにおどけてみせる。


「ええっ? そ、そうだったんですか? 治って、よかったですね」

「ありがとう。言っちゃあなんだが、ピンピンしてるぜ。医者には休養するいい機会だって言われて、しばらくはやりたいようにさせておこうと親父もそう言ってるんだ。そのうち退屈だーとほざくに決まってるからな」


 先輩の顔がいたずらっ子のように、いきいきと輝く。

 こんな表情をする人だったんだと、また新しい発見をしてしまったことに、本日何度目かの衝撃を受けた。


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