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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 ほうかい
60/269

60.甘い響き その1

【初めてお越しいただいた読者様へ】

 続こんぺいとうにお越しいただきありがとうございます。

 柊と遥の青春の始まり、こんぺいとう本編よりお読み下さい。

 各ページ下及び続こんぺいとう目次下にこんぺいとうへのリンクがあります。


【以前からお読みいただいている読者様へ】

 ここから後の新規投稿は、以前のものの改稿版になります。

 大筋では変更はありませんが、サブタイトル及び内容の区切り等、各所に変更箇所があります。

 終盤に遥視点が加わり、途中交互に視点が変わるところもあります。

 今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

 翌朝、やなっぺと一緒に駅前のファストフード店で期間限定の朝食セットを食べて、それぞれの大学のある方面の電車に乗り込み別れた。

 やなっぺは夕べかなりの量を飲んでいた。

 そのせいか、頭が痛いし喉が渇くと言って、店でコーヒーを三杯もお代わりしていた。

 そして別れ際に再び念を押されたのだ。

 絶対に映画に行ったらだめだよ、大河内にはくれぐれも気をつけてと。


 まるで彼が犯罪者であるかのように厳しい口調で非難する。

 やなっぺは大河内に会ったことがないし、彼の人柄を何も知らないから、そこまで警戒しているのだと思う。

 でももちろん、いくら大河内がいい人だからって、彼の誘いにはのらないと決めたのだ。

 だから安心して欲しい。


 突然休講になった午後の時間を、大学の図書室であわただしく過ごしていた。

 来週の言語学の試験に必要な資料をそろえようと奔走していたのだ。

 日本国内における歴史的背景と言語の移り変わり云々……と難解な部分だらけのこの講義は、毎年多くの学生が単位を落としてしまう、いや、落とされることで有名だ。

 このままではわたしもきっちりそこに仲間入りしそうな勢いなので必死になってあがいているのだ。

 案の定、参考文献に上がっていた本はことごとく貸し出し中になっていた。

 それでもあきらめずに血まなこになって探し出した結果、やっとのこと幾冊か使えそうな本を見つけ出すことに成功した。

 一ヶ月以上も前から言われていたのに、いろいろなことが重なって後回しにしていた結果がこれだ。

 ネットの本屋さんで注文することもできるけど、これがまた半端なく値段が高い。

 専門書がどうしてあんなに高いのか、貧乏学生のわたしには全く理解できない。

 学生が手にする本こそ、安価で提供して欲しいと心の底から願ってしまう。

 そんなこんなで、本日午後の休講は、思いがけず時間をプレゼントされたみたいで、正直とてもありがたかった。


 マナーモードにしていた携帯が低い唸りをあげて、ジーンズのポケットの中で震えている。

 周囲を見渡して、わたしの立っている書庫の間に誰もいないのを確認すると、携帯を取り出して送信者を確認した。

 遥からだった。こんな時間に彼からメールが来るなんて非常に稀有なことだ。

 何かあったのだろうかと心配になる。

 急いで画面を開きメールを読んでみた。

 絵文字も顔文字も何もない、シンプルな文字の羅列がわたしの目に真っ直ぐに飛び込んでくる。


 

  今日、バイト休みだよな。

  本田先輩の家に一緒に行かないか。 

  五時に大学前で待っている。



 大学前とは、遥の在籍する学部がある最寄り駅の名称だ。

 わたしのいる文学部学舎からは電車で二駅。

 駅までの徒歩区間や、乗り換えの時間を考えれば四時半までにはここを出ないと間に合わない。

 休講だったから良かったものの、突然の遥の誘いにはさすがに驚かされる。

 本田先輩の家に行くということは、つまり……。

 これは大変なことになってしまった。

 すなわちそこは伊藤小百合の家でもあるわけで、こんなことしてる場合じゃないとはたと気付くのだ。

 大急ぎで必要な本をカウンターに持って行き、貸し出しの手続きを済ませた。

 蔵城さん、そんなに急いでどうしたの? と声をかけてくれる馴染みの仲間たちへの返事もそこそこに、重いカバンを抱えるようにして、駅まで猛スピードで駆け下りた。


 とにかく一度アパートに帰って、着替えと化粧直しをしないと到底本田邸には近寄れない。

 なんとかぎりぎり準備の時間はある。

 電車の扉にもたれかかりながら女優である美しい姿の伊藤小百合を思い描き、部屋の箪笥の中のありったけの自前の洋服をイメージして、何を着て行こうかとあれこれ思い悩む。

 ところが、どれもイマイチピンと来ないのだ。

 だからと言って今から新しいドレスを買いに行く時間も予算もない。

 電車の中で冷や汗を垂らしながら、どうしようと悶絶してるわたしは、きっと怪しい人だと思われたに違いない。

 あわてて身体の向きを変え、乗客に見られないように窓に顔をくっつけた。


 白地にネイビーブルーのドット模様がちりばめられた肩紐タイプのワンピースに、レースのミニ丈の上着を羽織り、かごバックと白いミュールという、少しは今どきの女子大生に見えるかもしれない精一杯のおしゃれをして、約束の時刻に大学前に到着した。

 普段は付けないイヤリングが耳元でしゃらしゃらと揺れる。

 落とさないように、ひっかけないように注意しながら、きょろきょろと辺りを見回した。

 わたしを呼び出した張本人を探すのだけど、どこにも見当たらない。

 いったいどこにいるのだろう。


 ふと前方を見ると、数人の女子高生に囲まれた男性がいるのが見えた。

 その人は下を向いていたけれど、その横顔はよく知っている人物のそれだった。

 見つけた。あそこに遥がいる。

 短めのチェックのスカートにハイソックスとローファーを組み合わせた女子高生達が、カバンにつけた大きなぬいぐるみのキーホルダーを揺らしながらピョンピョンと飛び跳ね、はしゃいでいる。


「ねえねえ、堂野遥でしょ? 写メ撮らせて。お願い! 」


 遥の返事を待つまでもなく、携帯を手にした彼女たちがカシャカシャと写真を撮りはじめた。


「ああん、こっち向いてよ。ねえねえ、堂野くん。顔上げて! 」

「ほんとのほんとに、ほんものぉ? 写真よりずっとカッコいいし! あたしと一緒のところ、撮ってよ」


 そう言って、馴れ馴れしく遥の腕にぴたっとくっついている。

 周りの迷惑などおかまいなしに、彼女たちは騒ぎながら携帯を遥に向け、シャッターボタンをを押し続けていた。

 遠巻きに様子を窺っているわたしにようやく気付いた遥が、手で携帯のレンズ部分をさえぎり、やんわりと彼女達を制止する。


「ごめん。今から約束があるから……」

「ええーーっ。もうちょっといいじゃん! 」

「知人をこれ以上待たせるわけにはいかないんだ。ホントにゴメン! 」


 一瞬の隙をついて、遥が走り出す。


「あーー。行っちゃったし」


 女子高生たちが唖然として、こっちにやって来る遥の姿を追っている。

 そして遥がわたしの横を通りかかった時、こそっと耳打ちした。


「柊、後ろを向くな……。このまま大通りのはずれまで走るからな。一緒に来い……」


 わたしは遥に言われたとおり、少し遅れて走り出した。

 そして、駅構内から出たところで、待っていた遥に腕をつかまれ、全力疾走でスクランブル交差点を駆け抜ける。

 脱げそうになるミュールを気にしながらも、なんとか人通りの少ない路地に入り込むことに成功した。


「柊、大丈夫か? 」


 少し呼吸の乱れた遥が、わたしの背中に手をおいて、訊ねる。


「だい、大丈夫だよ。はあ、はあ。こんなに走ったの、久しぶり、だから……。ちょっと、息切れがするけど」

 

 膝に手をついて、肩で息をするわたしの横で、遥がクックックッと笑った。

 わたしも呼吸がまだ苦しいけど、なんだかおかしくなってついつい一緒になって笑ってしまった。


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