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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 ほうかい
59/269

59.男だね。絶対に男だ。 その2

「そ、そうだよね。わたしったら、なんで大河内君からもらったりしたんだろ。雪見しぐれに釣られちゃったのかも。あっ! でもどうしよう。大河内君の住所とかわかんないよ」

「じゃあ、そのまんまにしておくこと! もしまたそいつが店にやって来たら、チケット失くしたとか、用事で行けなかったとか。適当に理由を説明して、それとなく相手を遠ざけるようにね。間違っても、柊が自分から直接そいつの大学に出向いたりして、チケットを返しに行っちゃだめだからね。向こうの思うツボだから」

「でも、それって、もったいないと思わない? 大人気のチケットなんだよ? ちゃんと返して、誰か他の人に観に行ってもらわないと。それに、行けなくなってごめんねって謝るべきだと思うんだけどな。本も借りたままだし……」


 いくらなんでも、失くしただなんて、人間性を疑われそうで絶対にそれを理由にしたくない。


「柊、あんたって、ほんとうにおめでたいね。相手は柊を誘ってこの映画を観に行きたかったに決まってるじゃん! 」

「あ……」

「どうしたの? 何か思い当たるふしでも? もしかして、そいつに告られたとか? まさかね」


 わたしの心臓がどきどきと鳴り始めるる。

 確かにやなっぺの推測どおり、大河内に告白されたのは事実だ。

 ああ、絶体絶命の大ピンチが到来してしまった。


「……って、そのまさかなの? ホントに? 」


 わたしの顔色を見て、やなっぺがすべてを見抜いてしまったようだ。

 ためらいながらも、わたしは、こくりと頷いた。


「やだーー。それ、マジやばいって。偶然を装った出会い。たまたま手に入った様に見せかけてチケットを渡す。これ、誘いの常套手段だよ。柊ってば、堂野に過保護にされすぎちゃって、世の中のこと、何もわかってないからね。……気をつけなさいよ」


 そっか。常套手段なのか……。

 確かにわたしは、男女の機微など何もわかっていないのかもしれない。

 こうなったら大河内には悪いけど、行くのは辞めよう。行けるはずがない。

 わたしって、なんでこんなにバカなんだろう。

 よく考えればこれがダメなことくらい、すぐにわかるはずなのに。


「柊。あんたって、意外ともてるからね。高校時代、あたしがもみ消した話もいくつかあるんだからさ」

「あたしがもてるって? それはないって。もみ消したとか、大げさすぎるよ」

「柊ってホント、鈍感だ。これじゃあ、堂野も身が持たないはずだわ。大学でも、いろんな人に付き合ってって言われたりするでしょ? 」

「へ? ないよ。お茶に誘われたりはするけど、学校終わったらすぐにバイトがあるし、断ってたらそのうち誰も誘ってくれなくなって……」

「じゃあ、合コンとかは? 」

「行かないってば。だって、女子の友だちには彼がいるって言ってるし、類は友を呼ぶじゃないけど、わたしの周りには、そいうの、興味がない子が多くて。だからまだ一度も合コンとか行ったことないし」

「おお、これぞまさしく純粋培養の極みだね。まあ、とにかく、その大河内君とやらには、これ以上かかわらない方がいいよ。わかった? 」

「わかったってば。そこまで言われたら、いくらなんでもわたしだって、慎重になるって。やなっぺの言うとおりにする。安心して」


 まるでどこかの小姑さんみたいな口調だったやなっぺが、ようやくいつものかわいい笑顔を見せてくれた。

 わたしたちは顔を見合わせて、くすくすと笑った。

 

「ねえねえ、柊? 藤村、どうなってた? イケメン度はアップしてた? ますますカッコよくなってたでしょ? 」


 ビールのあと缶チューハイに移行したやなっぺは、ますます陽気になって絡んでくる。

 つい今しがた、わたしを諌めたばかりの彼女とは思えないほど、恋する乙女の顔に変わっていた。


「ああ、会いたいよう。藤村に会いたい」


 やなっぺは、地元に近い大学に進学した藤村とは、年に数回しか会えない。

 もちろん恋人同士ではないのだから、それも仕方ないこと。


「藤村くーん。大好きだよーー。愛してるよーーっ! 」


 とうとうやなっぺの心のブレーキが効かなくなって来た。

 こうなったら、もう手に負えない。

 お願いだから、そんなに大声を出さないで。

 ここは壁の薄い共同住宅なのだ。みんなに聞こえてしまう。


「……ヒクッ……。ひぇーーん、ヒクッ……。えーーん! 」


 大声がやんだと思ったら、今度は泣き始めた。

 今まで涙なんか少しも見せたことなどなかったのに、それは目を疑う光景だった。

 友達思いでしっかり者のいつものやなっぺはどこにいったのだろう。


「藤村に、会いたい。ヒクッ。ふじむらあ……。会いたいよ……」


 空き缶に埋もれるようにして、こたつの天板に突っ伏したやなっぺは、それから何度も藤村の名前を呼びながら泣きじゃくっていた。

 藤村の失恋を一緒になって悲しんでいるようにも見えるやなっぺの涙は、とうとう今夜一晩中、枯れることはなかった。

 神様。どうか、どうかやなっぺの気持ちが報われる時が来ますように。

 そして藤村が今度こそ、彼女の思いを受け止めてくれますように。

 わたしはやなっぺの肩を抱きながら、ずっと祈り続けた。


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