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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 ほうかい
57/269

57.焼き鳥の串にはご用心 その2

「やなっぺ、やめてよ。その、串。危ないってば」


 そのうちほんとうに串刺しにされてしまいそうなので、ちゃんと注意しておく必要に迫られる。


「あっ、ゴメンゴメン。つい、興奮してしまって」


 やなっぺが憎めない愛嬌たっぷりの笑顔でわたしに謝ると、空の缶ビールの飲み口にそれをさし、再び身を乗り出してきた。


「で、それで? 藤村はなんて? 」

「夢ちゃんに向かって、おめでとうって言って、笑顔だった……」

「笑顔? 」

「う、うん……」


 とにかくみんなの前では笑顔で、夢美を祝福していた。

 その後、遥だけには本当の自分を見せていたらしいが、やなっぺにそれは言えない。

 藤村が夢美の結婚を嘆いて、一晩中膝を抱えて泣いていただなんて、やなっぺには聞かせたくない。


「そっか。でもさ、それって、本人に直接言ったの? 夢ちゃんが、自分の口で藤村に? 」

「うん。そうだよ。きっぱりと言ってた。夢ちゃんも、藤村を傷つけたらどうしようって、悩んでたみたいだけど。でもね、変に気を遣って嘘ついたり、遠まわしにほのめかしたりするより、その方がよかったんじゃないかな。毅然とした態度の夢ちゃんも、それをきっちりと受け止めた藤村も、二人とも、すごくかっこよかった」

「そうだったんだ……。藤村、平気そうな顔して、きっと内心はショックだったんだろうな」

「たぶん……」

「よし、決めた! あたし、夏休みに向こうに帰る。そして、藤村に会う。あいつのしめっぽくなった心の傷痕に、おもいっきりざっくざくに塩をぬりこんでやる! 」


 突如、いたずらを企んでいる少年のような目つきになったやなっぺが、いきり立つ。

 藤村に救いの手を差し伸べるのかと思いきや、いつも以上に手ごわいやなっぺの姿に、わたしは言葉を失った。

 絶賛傷心中の藤村にいったい何をするというのだろう。

 藤村が気の毒な気もするが、ここはやなっぺの荒治療に任せるのが、あるいは良策なのかもしれないと思いなおす。

 うじうじ悩んでる暇なんて、ない方がいい。

 藤村が初恋を諦めざるを得なくなった状況は、逆にやなっぺにとっては、好機到来でもある。

 だからと言って彼が今すぐに夢美を忘れ去り、次の恋に向かうとは思えないが、やなっぺにチャンスが巡って来たことには違いない。

 塩をぬりこむなどと究極の荒行を唱えながらも、ダメージを受けた想い人に対して辛く当たるなんてことはしないだろう。

 やなっぺのことだ。自分のことは二の次で、藤村の気持を引き上げようと、あれこれ世話を焼くに決まっている。

  

「そうだやなっぺ。来週、一緒に映画観に行かない? 」


 わたしは、さっきから、大河内にもらったチケットのことを言い出すタイミングを窺っていたのだ。

 やなっぺはわたしに負けないくらい、無類の映画好きだ。

 作品内で俳優たちが身に着けている衣装にも詳しいし、大道具小道具の使い方にまで言及する。

 遥がプロデュース的な視点でテレビ番組を見るのと同様、やなっぺも違った視点で映画の隅々まで堪能する姿は、本当に感心させられる。

 藤村の件で希望を見出したせいかすこぶる機嫌のいいやなっぺは、映画の誘いに間髪いれずに食いついてきた。


「行く行く! で、何の映画? 」

「恋のつりがね草」

「なんという、グッドタイミング! 原作本、つい先日読み終わったところなんだ。あの本の装丁、あたしの大学の先輩が手がけてんだよ。あの本が売れて、先輩のところには、仕事がいっぱい舞い込んでるって噂なんだ」

「へーー。そうだったんだ。ほら、これだよね」


 わたしは部屋の隅に押しやっていたカバンから、さっき大河内に借りた本を取り出し、こたつの天板の上に載せた。


「なんと、柊も持ってたんだ。今度貸してあげようと思ってたのにーー。それにしても、このストーリー。涙、涙だったよね。最後、想いが叶ったとたんに、あれだもん。あれはないよ……」


 やなっぺが熱く語り出す。でもそれ以上はだめだ。言わないで欲しい。話したらダメだ!


「やなっぺ、ストップ! 実はわたし、まだこの本読んでないんだ。だから、いっそのこと、何も知らないまま映画を先に観ようと思ってる。だから、ネタバレ禁止に協力して! 」

「なーんだ。てっきり柊も読んだのかと思った。それにしても、危ないところだったよね。最後のシーン、あれは絶対に知らないままの方がいいよ。映画で結末を観るのが一番いいと思う」

「うん、そうする。ホント。危なかった。実はさ、この本、借り物なんだ。映画を観たあと、いっきに読んで返そうと思ってる」

「そっか。借りたんだ。もうちょっと早く柊に知らせたらよかったね。あたしも持ってるって」

「あ、まあ、そうだね」

「でもさ、その映画って来月末に公開だったと思うけど……。ってことは。もしかして試写? なんで柊がそんなチケット持ってるの? 何かの抽選で当たった? それともネットオークションで落札した? 」

「違うよ。あ、あの……。おおこ……じゃなくて、昔の友だちに、その、もらったの……」


 大河内にもらったと正々堂々と言えばいいのに。

 どうしたのだろう。なぜか咄嗟に言いよどんでしまい、名前を隠してしまった。


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