52.ずっと好きだったんだ その1
「蔵城、あの……。ごめん。そんな顔、するなよ……」
自分の顔は見えないけれど、きっと、この上なく情けない顔になっているのだと思う。
大河内はなぜ今ごろになって、こんな無理難題を押し付けてくるのだろう。
目の前の同級生の考えてることなど到底理解できるはずもなく。
遥と付き合ってると、はっきり言った。
何も脚色せず、真実を告げたはずだ。
そんなわたしが、同時進行で大河内を思うだなんて芸当ができるとでも思っているのだろうか。
「あ……。僕の言い方がまずかったよね。こんなこと言えば、君が返答に困るってわかっているのに」
「うん……」
「ねえ、蔵城。僕は、君のこと……。ずっと好きだったんだ。今でも好きだ。中学二年で同じクラスになっただろ? あの時から、君のことが忘れられない」
大河内がまっすぐにわたしを見て言った。
やだ。心臓がどきどきして、身体中が震えてくる。
土足でずかずかと踏み込んでくる大河内に魂ごと持っていかれそうな気がして、思わず目を逸らした。
テーブルの向かいに座る大河内がゆっくりと一言一言をかみしめるようにして、今、とんでもないことを口にしたのだ。
そう。これは告白だ。わたしはとうとう大河内に、告白されてしまった。
「そ、そうだったんだ……」
「これは嘘偽りない、僕の本当の気持ちなんだ」
「で、でも、今はその、さっきも言ったけど。わたしには堂野がいるし。大河内君の気持ちには、こたえられない。……ごめんね」
もちろん答えはひとつだ。
いくら優しくて思いやりに溢れている大河内であっても、わたしの気持が揺らぐことはない。
「ああ、わかってる。わかっているよ。でもずっと君に言いたかったんだ。中学を卒業する時にありのままの気持ちを言うつもりだった。でも……。勇気がなかった。気持を伝えた結果、君に嫌われたらどうしようって、弱気になるばかりで」
「大河内君……」
「先日バーガーショップで偶然君に会って、それからは、もうずっと、君のことばかりを考えている自分がいて……」
大河内の偽りの無い気持が伝わってくる。
その声は大河内とは思えないほどか細くて、震えていた。
大河内ともあろう人物が、わたしなんかを相手に、こんなにも緊張しているのだ。
でも大河内がなんと言おうと、わたしの返事が覆ることなど絶対にありえない。
わたしの心の中には遥以外の誰も侵入を許さないと誓う。
けれど、これ以上大河内に何も言えず、返答に窮してしまう。
すると大河内が口元を緩め、ねえ、蔵城、とわたしに笑顔を向けてきたのだ。
「でも、時々こうやって、君と話すくらいならいいかな? 昔のよしみとして。どうだろう? 」
そうだよね、話をするくらいなら……。
わたしは、大河内の巧みな言葉に乗せられて、思わずうんと頷きそうになった。
だが、はたと気付く。それはだめだ……と。
「大河内君、それはできない。だって、大河内君の気持ちには、これから先もずっとこたえられないんだよ。大河内君がわたしを……。それを聞いてしまったからこそ、もう会えない。それにわたしには遥が。あっ、いや、堂野がいるんだし……」
「遥……か。君たちはそうやって、お互いを親しげに呼び合っていたよね。二人がこそこそと話している時、いつもそうだった。あいつが僕たちのいる教室にやって来て、しきりに君に甘えていたのも気付いていた。まだあの頃は君たちが親戚同士ってことまでは知らなかったから、家も近いし、小さい頃から仲がいいんだなと、うらやましく思っていたよ」
「うん……」
「君と堂野が付き合っていることは、納得したつもりだ。堂野から君を無理やり奪おうだなんて思っていない。だから……。友達同士として、お互いの大学の話や、情報交換をするだけでいいんだよ。それでもだめ? 堂野が許してくれない? 」
「友達なら会えるよ。……ただの友達なら。でもね、中三の時、わたしも大河内君のことが好きなんじゃないかって、遥に疑われたことがあって……」
もう一度遥の名前を出したとたん、大河内がはっとしたように目を見開いた。
一向にひるむ様子を見せない大河内には、ありのままのわたしの姿をさらけ出した方がいいのではないかと思いついたのだ。
堂野なんて回りくどい言い方が、大河内に隙を与えてしまったのかもしれない。
勇気を出して告白してくれた大河内には申し訳ないと思うけれど、わたしは心を鬼にして話を続けた。
「それに、遥は……。大河内君がわたしのことを、その、友だち以上に思ってくれているって、中学の時に気付いていて。大河内君のことを、あまり良く思ってないの。わたしがあの頃の思い出話をして、大河内君の話題になったら、遥はすごく不機嫌になる。今でもそうなんだ。だから、ね? わたしたちは、もう二人っきりで会わないほうがいいと思う。わたしは、遥の気持を一番に考えたいと思ってるの」