48.やさしい涙 その2
「それにしてもひいら。よくもあたしを騙し続けてくれたよね! 短大に入学した時、西山第一から来た子とたまたま仲良くなって、ひいらたちのことを聞かされて。もう、ホント、どれだけびっくりしたことか」
「あ……。ご、ごめんね、夢ちゃん」
「だってひいらが好きな人は、藤村くんだって、ずっとそう思ってたんだもん。ひいらったら、何気に藤村君のことばかり話してる時があったし、二人で一緒にいることも多かったし。ひいらに自覚はなくても、きっと心の奥では彼が好きなんだって、信じ切ってたし。だから藤村くんに告白されても、付き合えないって断ってきたのに……」
「えええ! 」
まさか夢美がそんな風に思っていただなんて。
でも、それは大きな誤解だ。
そういえば中学の時に、藤村と夢美の橋渡しをしようとした時、そんな風に勘違いされたこともあった気がする。
てっきりあれは冗談で、からかわれてるだけだと思っていたのに。
「そうだったんだ……。じゃあ、わたしがもっと早くに遥と付き合ってるって言えば、夢ちゃんは藤村の告白を受け入れたの? 」
「……ん、まあね。そうかもしれない。あっ、でも付き合ったとしても、そこには愛はなかったよ。きっと……。だって藤村くんのことは、ただの幼馴染で、頭が良くて、おもしろい子って以外には、なんの感情もわかないもの。おしゃべりしてると楽しいし、性格だってマル。だからって好きになるのとは別物だと思うんだ」
「そっか、そうだよね……。そこには愛はなかったんだ。でもさ、こんなこと絶対に藤村には聞かせられないよね」
「そうだね。面と向かっては言えないよ。恋人としては見れないけど、仲間としてはとてもいい人だと思う。ムードメーカーだしね。高校の時は学校一モテてたって聞いたよ。バスケの天才だって。でも誰とも付き合わなかったんだよね。こんなあたしなんかより、藤村くんにふさわしい人はいっぱいいたと思うのに……。だからさ、藤村くんには、ほんとに悪かったと思ってる」
夢美がしょんぼりとうな垂れ、視線を落とす。
「こればかりは、どうすることも出来ないし。夢ちゃんは何も悪くないよ。仕方ないよね。ねえねえ、人間の心って、どうしてこんなに厄介なんだろう」
「ひいら、どうしたの? なんだか深刻そう」
「それがね……。高校の同級生で、藤村のことが大好きな子がいるの。藤村も彼女のことは嫌いではないんだけどね。これがまた、ちっとも進展しなくて。二人がうまくいってくれると、全てが丸く収まって、わたしにとっても遥にとっても好都合なんだけどな……」
あの二人がくっついてくれたら、今まで以上に四人で楽しくやっていけそうな気がする。
そのためには、どんな手助けも惜しまないつもりだ。
「もう、ひいらったら。人の心を自分勝手に丸く収めちゃだめだよ。周りがとやかく言わずに、二人にまかせておくべきだと思う。人を好きになるのも理由なんかないし、好きになってもらってもその人を好きになるとは限らないし……」
「そっか、そうだよね。やっぱり、小細工しちゃ、いけないよね」
「うん。そんなことしたらだめ。特に藤村くんには逆効果だよ」
やなっぺの気持を考えるあまり、もう少しでフライングしてしまうところだった。
やなっぺに電話でもしてみればと、藤村にけしかけるつもりだったのだ。
そして、まだやなっぺがどれほど藤村のことを思っているかたっぷり言い聞かせようとまで思っていた。
そんなことしていたら、夢美の言うとおり、逆効果だったかもしれない。
追われれば逃げたくなる。人間の心理とは思うようにはいかなものなのだ。
ならば、焦らずにゆっくり見守っていく方が自然だ。うん、それがいい。
「そんなことより、ひいらと堂野くん。これはどんなことより衝撃だったし。二人して東京の大学に行ったかと思ったら、実は付き合ってましたって……。冗談にしてはきつすぎるよ。ねえねえ、いつから付き合ってるの? 短大の友達は、高校二年の時に学校で噂になったって言ってたけど」
「あっ、ま、まあね」
「やだ。ごまかさないではっきり言ってよ。あたしと彼のことは、全部ありのまま、ひいらに教えてあげたのに。もしかして、まだあたしに遠慮してる? 」
「そ、そりゃあ、少しは……ね。中学の頃の夢ちゃんは、あんなに遥のことが好きだったんだもん。それにわたし、夢ちゃんにひどいことしたんだよ」
「ひどいこと? そんなこと何もないけど。あたし、ひいらにそんなことされた記憶、全くないんだけど。あたしに何か意地悪でもしたの? ないない。ひいらの勘違いだってば。何もされてないよ。だって、この通り、ひいらには何も恨みなんてないもん。ひどいことって、何? そんなのきっと、ちっぽけな事だし、ひいらの思い過ごしに決まってる」