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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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47.やさしい涙 その1

 たっぷり三十分ほど遅刻してきた藤村の先導で、本日のプチ同窓会の会場である、炉端焼き風居酒屋に向かった。

 電車で二駅ほどのところにあるその店は、特別値段が安いというわけでもなく、いたって普通の店だったが、次第に藤村がここをセッティングした理由が明らかになってきた。

 どれも目を疑うような量なのだ。

 わたしたち女性陣を気遣って注文してくれたサラダがタライのような巨大な容器に高々と盛られて出て来たとき、藤村以外の三人は驚きのあまり、レタスとトマトの尋常じゃない量に瞬きをするのも忘れ、呆然と見入ってしまったのだ。

 から揚げしかり、串カツしかり。

 この店自慢の鯛のアラ炊きに至っては、いったい何匹の鯛が調理されたのだろうかと思えるくらいの大盛りだった。

 そして味もいい。

 しょうがと木の芽山椒が香り、男性二人のはしさばきで瞬く間に骨だけになっていく様子は圧巻だった。

 さすが体育大学に行っているだけのことはある。

 藤村曰く、バスケ仲間との打ち上げは、こういった大盛りの店と相場が決まっているらしい。

 にしても藤村君……。

 今日のメンバーをわかっていながらこの店を選んだあなたは、やっぱり藤村だ。

 サラダを半分食べただけで、他にもう何も食べられなくなってしまったわたしと夢美をどうしてくれよう。

 ちょっとずついろいろなメニューを口に出来る居酒屋の醍醐味を奪われたわたしは、底なしの藤村の胃袋をほんの少し呪った。


 夢美の結婚宣言を聞かされた藤村は、思っていたほど落ち込むこともなく、進んでおめでとうと言って、何度も乾杯の音頭をとっていた。

 しかし、どことなく(から)元気に見えたのは、気のせいだったのだろうか。

 始終賑やかに、それぞれの大学生活の話などで盛り上がったが、到底それだけで終わるはずもなく。

 二時間ほどで店を出た後、そのままわたしの家になだれこんで、四人で夜中までしゃべり続けた。

 話しても話してもまだ足りない。

 遥と二人だけでは決して味わうことのできないなつかしいこの四人の空間がとても居心地が良くて、心休まるひと時に感じられたのは、きっとわたしだけではなかったと思う。

 そしてとうとう夢美はわたしの部屋に、藤村はおばあちゃんの家の客間にと、それぞれ別れて泊まって行くことになった。

 これも昔のままだ。

 藤村は小学生の頃から、ちょくちょくおばあちゃんの家に泊まって、遥と一緒にはしゃいでいた。

 あの子はよく食べる子だよ、きっと大きくなるね、と事あるごとに言っていたおばあちゃんの言葉を思い出す。

 おばあちゃんの予言通り、藤村は誰よりも大きくなった。


 夢美もわたしの部屋に何度も泊まったことがある。

 何もかもがあの頃のままで、自分が今大学生であることも、すっかり忘れてしまうほどだった。

 夢美がわたしの部屋に泊まるのは中学生の時以来だ。

 高校時代もほとんど会っていなかったのに、あのタライに盛られた、かまくらのようなサラダを一緒につついた瞬間から、中学時代のわたしたちに戻ったような気がする。


 枕を横にぴったりとくっつけて、まるで修学旅行のような気分でお互いの空白部分を埋めるようにあれこれ語り合う。

 本日最大のサプライズでもあった夢美の結婚話がメインになったのは言うまでもない。

 夢美の彼は短大で準教授をしていて、なんと十五歳も年上だと言う。

 ピアノの授業で指導教官になった彼に、今年になってプロポーズされたのだと、恥ずかしそうに教えてくれた。

 でも、知り合ったのはもっと前だったなどと、意味ありげに付け足すのだ。

 声楽の勉強をしている夢美は、彼の伴奏で歌う時が一番幸せだとのろける。

 音楽という同じ芸術の分野で繋がった二人の絆って、なんだか羨ましい。

 遥とわたしの場合、そう言った繋がりは全くないと言ってもいい。

 趣味も違うし、将来目指す方向も違う。

 遥は昔からずっとテレビ局勤務を希望していて、まっしぐらに目標に向かっているけど、わたしはまだ、これといって未来設計は何も決まっていないのが現状だ。

 教員か、会社員になるのだろうか。

 あるいは司書の資格を取って図書館で働くのもいいかもしれない。

 そういえば、デパートの食品売り場の洋菓子販売員にもあこがれていた時期があったなどとふと思い出す。

 でもどれも是非ともやってみたいという強い願望はない。

 ただ漠然と将来は何か仕事をしたいという意識しかないのだ。

 こうやって考えるたびに不安になる。

 みんなはどんどん前進しているのに、わたしだけがもたついて取り残されていくようで……。


 夢美が藤村に二回目の告白されたのは高一の夏だった。

 その頃はまだ遥のことを引きずっていたと正直に話してくれた。

 でも婚約者である今の彼が夢美の目の前に現れた瞬間から、遥への想いが嘘のように心の中からすべて消え去ったと言う。

 大学の付属高校に通っていた夢美は、同じ敷地内にある短期大学部のホールで合唱部の練習をする時に彼と知り合ったのだと、出会ったきっかけを教えてくれた。

 よく考えてみると、それって俗に言う、あこがれの先生と女子高生の誰もが夢見る禁断の愛のシチュエーションってことではないだろうか。

 羨ましいというか、華々しいというか。

 女子なら誰もが一度は思い描く極上の恋愛劇を彼女は手にしていたのだ。


 衝撃的な彼との出会いを経て、過去に幼なじみに恋をした時の想いとは全く違う魂を揺さぶられるような深い愛に目覚めてしまったと、まるでオペラの主人公みたいに、身振り手振りを交えて歌うように語ってくれた。

 横になったままでは伝えきれないとでも思ったのか、布団の上に起き上がり、ますます話が白熱する。

 短大に入学して彼が夢美のピアノの担当教官になった時、夢美の方から付き合って欲しいとアプローチしたというから、これまた驚きだ。

 その後は、彼の方が夢美に夢中になり今に至るのだと、まるでミュージカル映画のような壮大なストーリーを、こと細かに堪能させてもらった。

 夢美が誰もがうらやむような幸せをつかんでくれて本当に良かったと思う。

 親友と同じ男性を取り合うなんてことだけは絶対に避けたかった。

 遥と気持を通じ合わせた時、その喜びと同じくらいの強さで夢美のことを思い、悲しみに暮れていたあの頃を思い出す。


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