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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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43.俺、今、すんげぇ後悔してる その1

「雨、ひでぇーな。なあ柊。これから、どうする? 」


 寝転んで足を組み、上になった方の足先をぶらぶらと上下に揺らしながら、遥が言った。

 雨のしずくが軒を伝って規則正しくぽとぽとと落ちていくのが窓から見えた。

 わたしの部屋の腰高窓のすぐ下には高校時代まで使っていた勉強机があって、

 横に本棚、洋服ダンスが並んでいる。

 向かい側は壁一面の押入れになっている。

 この押入れの上の段は、昔、遥の隠れ家だった。

 おばあちゃんやうちの父に叱られると、決まってここに逃げ込む。

 ある日、山に遊びに行ったままなかなか帰ってこなくて、家族総出で遥を探した日の夜、押入れでうずくまって眠っている彼を一番に発見したのはわたしだった。

 来る日も来る日も飽きることなくいたずらばかりを繰り返していた遥が、今では誰よりも優秀で真面目な大学生になって、わたしの婚約者としてここにいるのだ。

 なんて不思議な光景なんだろう。

 あの頃は遥がこんなに立派になるなんて、想像すらできなかったのに。


「柊、聞いてるのか? 」


 遥が疑いの眼差しでわたしを見る。


「あっ、ごめん。聞いてるよ。昔のこと、いろいろ思い出しちゃってさ。えへへ……」

 

 ついつい懐古モードに浸ってしまった自分を反省して、肩をすくめる。


「ったく、しっかりしろよ。で、今からどうするんだ。どこか行きたいところでもあるのか? 」


 腹筋の賜物だろうか。いとも簡単にひょこっと起き上がった遥が、再び同じ質問をする。

 どこか行きたいところは、と。


「母さんが車使ってもいいって言ってくれたし、どこかに出かけようよ」

「そうだな。でも、雨だぞ。外は無理だろ? 」

「じゃあ……。久しぶりに、映画でも観に行かない? 」


 駅の近くのショッピングゾーンに、シネコンと呼ばれる新しいスタイルの映画館が去年オープンしたらしい。

 偵察がてらそこに行ってみるのも悪くない。

 遥と映画に行くのも久しぶりな気がする。

 最後に遥と映画館に足を運んだのは……。

 子供向けアニメの三本立てだった。二人ともまだ小学生の頃の話だ。

 希美香も加わって、三人でポップコーンをほおばりながら興奮して観ていた映画のタイトルは、誰もが知っている少年漫画のヒット作だ。


 ということは、わたしたち……。

 二人っきりで映画館に行ったことがないのかもしれない。

 っていうか、一度も、ない。

 デートと言えば映画と言われるくらい定番なのに、未経験だなんて悲しすぎる。


「映画? 何も実家に帰ってきてまで、映画観なくてもいいだろ? 駅前のシネコンだと、知り合いに会うぞ? 」


 しばらく考え込んでいた遥が、もっともらしい理由をくっつけて、反対意見を唱える。

 だがしかし、遥の言うことも一理ある。

 今や町内でも噂になっている遥が、人の大勢集まるところに行けばどうなるのか、大方の予想がつくというもの。

 遥はもともとそういうのを好まない、というか、人に干渉されるのが嫌いなのだ。

 ほとぼりが醒めるまでは、出歩くのは控えた方がいいのかもしれない。


「そっか……。そうだよね。知らない人から声かけられたりするの、遥は嫌いだものね。じゃあさ、もう東京に戻ろっか? これからのことも決めないといけないし……」

「もう、戻るのか? めったに帰って来れないんだし、もう一晩ゆっくりしていけばいいじゃないか。これから先、休みとれそうにないしな」

「え? 」


 遥が日頃から忙しいのは知っているけど、もうすぐ夏休みになるのに休めないってどういうことだろう。

 納得できない。


「そうか。まだ言ってなかったな。実は俺……。モデルの仕事、続けようと思ってるんだ」

「ええっ? 」


 仕事を続けるだなんて、初耳だ。

 読者モデルは一回限りという約束だったはず。

 十月号の特集記事に載って、それで終わる予定だと認識していた。

 その一回だけの仕事も、すぐに終わるのかと思いきや、数日間に渡ってスタジオでの撮影が続いて、おまけに野外にも連れ出され何度もポーズを取らされたという。

 専属モデルではないので衣装替えは少ないけれど、手持ちの服も組み込んで、素人っぽさを生かした自然なページを作るために、今も尚、地道な作業が続いているのだ。


「俺、親の仕送りを止めてもらうつもりなんだ。学費は奨学金でまかなえるし、生活費はモデルでなんとか稼げそうな目途も立った。仕事が軌道にのったら、どこか小さいマンションでも借りようと思ってる。そうしたら、今度こそ堂々と一緒に住めるだろ? 柊のバイト代を合わせたら、十分に二人で生活していけるんじゃないかな、と考えてる」

「ちょっと待って。ねえねえ、それって、モデルの仕事、契約延長するってこと? 」

「ああ。今度は読者モデルじゃなくて、十二月に出る新刊の専属モデルとしての話があるんだ。同じ出版社だから、牧田さんがそのまま担当してくれる。ただし、学生の間だけという期間限定で仕事を受けるつもりだ。今の撮影で一度雑誌に出てしまえば、もう何回出ようと一緒だろ? 提示された契約金や報酬も悪くないし、柊と暮らすためなら、なんだってやるさ。今度編集部に行ったら、やりますって返事してくるつもりだ」

「遥……」


 あんなに嫌がってたモデルの仕事なのに、報酬のために引き受けるという。

 わたしと暮らすためと言うけれど、さっき父にあんなに反対されたばかりだ。

 今度見つかったら、親子の縁を切られるのはもちろん、遥とて無傷ではいられないだろう。


「おい、そんな顔するなよ。言っとくけど俺、嫌々仕事をやるわけじゃないから。実はちょっと興味も湧いてきてる。正直、モデル自体はなかなか慣れそうにないけど、雑誌を作り上げるためにいろんな人達が一丸となって取り組んでるところがいいんだよな。誰も妥協はしないし、常に最高のものを要求する。パソコンの画面に撮った写真をレイアウトして、文章が入って。みるみる誌面が出来上がっていく。アパレル関係との連携も見事だし、そのあたりが見ててすっげぇおもしろいんだ。テレビ局の仕事にも通じるものがあるような気がする。将来製作する側になった時、今のこの経験がきっと活かせると思うんだ」


 最近見たことがないくらい、遥の表情がいきいきと輝く。


「遥がそこまで考えてるのなら、いいと思うよ。けど……」

「けど? やっぱダメなのか? マスコミ関係、好きじゃないもんな、柊は」

「ま、まあね。でも、好きとか嫌いとか、まだよくわかんない。ただ、遥が手の届かない遠い人になっちゃうのだけはいやなの。そのうち雑誌だけじゃすまなくなって、テレビとかも出演するようになって……。そんな風に考えると、不安になる」

「でも俺は将来、そのテレビにかかわる仕事を望んでるんだ。モデルやタレントを否定することは、結局は俺の将来も良く思ってないってことにならないか? 」

「それは違うよ。うまく言えないけど……。ただ、遥が忙しくなったら、会えなくなるんじゃないかって思うの。だってこの先はまた別々に暮すんだよ? おまけに仕事が増えることになったら、わたしたち、前よりも疎遠になるような気がするんだ」


 マスコミ関連の仕事なんて、はっきり言ってまだよくわからない。

 ただ遥がその世界に必要とされて、彼自身もそこに生きがいを見つけのめり込んだ時、わたしの手の届かないところに行ってしまいそうな状況になるのが怖いのだ。


「だから言ってるじゃないか。もっともっと稼いで、一緒に暮らせるようがんばるんだよ。せめて金銭面だけでも自立すれば、親父さんも文句は言わないと思うけど? 」

「それはそうかもしれないけど……。でも、あの様子じゃあ、それだって厳しいと思うけどね……」

「もちろん、そんなに簡単にうまくいくとは思わない。でも、親父さんだって、柊のことがかわいいんだ。娘の幸せを誰よりも願っている。だから、俺がしっかり独り立ちすれば、同居だって認めてくれるんじゃないかと思う」

「そっか……。遥って、すっごく前向きだよね。何を言われても引き下がらないんだもの。わたしも遥みたいに強くなりたいよ」


 こうと決めたら最後までやり通すところは、昔からちっとも変わっていない。

 傍目には頑固で強引で、おまけに相当なうぬぼれ屋だと思われていたけど、それが遥のいいところでもある。


「あのなあ、人を無敵サイボーグみたいに言うなよ。誰のせいでこうなったと思ってるんだ」


 遥がさっと目を逸らす。少し伸びた髪の間から、真っ赤になった耳が見えた。

 誰のせいって……。

 そ、それは、多分。


「遥。あの、あのね」


 何をこんなに照れてるんだろう。

 遥につられて、わたしまでどきどきしてしまう。

 遥、ありがとう。わたしも遥のことだけを考えて生きているんだよとでも言えればいいけど、ここは実家で、わたしの部屋で、廊下の向こうには父と母がいて……。


 そんなこと。

 今ここで言えるわけがないよ。


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