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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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42.家族 その3

 そうだ。いいことを思いついた。

 わたしの代わりに父が本田邸に行くというのはどうだろう。

 あんなに行きたがっているのだ。

 そうすれば、これからもずっ遥と一緒に暮らしてもいいと気持ちを軟化させてくれるかもしれない。


 でも、そんなこと。

 やっぱり怖くて言えそうにない。


 すると父の隣で、母の鼻息が荒くなってくる。


「あなた! いい加減にしてくださいよ。昔、わたしとお見合いした時、伊藤小百合よりわたしがいいってくどいたのは、どこの誰? 向こうは女優さんだから、いつまでもきれいで、美しいのはあたりまえなの! 高級な化粧品だって買えるんだし、エステにだって行き放題。何よ、いい歳して、でれでれしちゃって。はる君。無理言ってサインなんかもらわなくてもいいからね! フン」


 母が椅子に掛けてあったエプロンを手にすると、猛スピードでそれを身につけ、流し台に向かった。

 父さん、母さん……。伊藤小百合のことはもういいですから。

 どうかここで言い争いをすることだけは辞めてください……と願うのもむなしく、父が食卓テーブルをパンと叩いた。


「おい! おまえこそ、いい歳して、女優相手に嫉妬してんのか? 」

「嫉妬なんてしてません。子どもたちの前で、にやにやしているあなたが不憫になっただけです」

「なんだと! 」


 泡だらけのスポンジを握り締め、母が物言わぬ背中で応戦する。


「はん、何がにやにやだ……」


 無言のままがちゃがちゃと洗物を続ける母は、やっぱり一枚上手だった。

 父の気迫が急激にしぼんでいく。


「どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがって。こら、柊」


 母に相手にされなくなった父が、今度はターゲットを変えたのだろうか。

 わたしは首をすぼめて父を見た。


「父さんが甘い顔したからと言って、誤解するんじゃないぞ。さっきも言ったとおり、同棲はだめだ! 男とちゃらちゃら暮らしてるんじゃないぞ! 」


 わたしのささやかな企みも、すでに見破られていたみたいだ。

 こくりと頷くしか選択肢はない。


「遥、おまえもだ」


 次の標的は遥だ。


「何があっても、同棲は許さんからな。東京で勉強に励んでいると思っていたら、実際はなんてことしてくれてるんだ。ったく……。まあ、同じ男としておまえの気持ちもわからないでもないが、あいにく柊は、俺の娘だ。本当だったら、とっくにおまえなんか、ここから追い払ってるところだ。いや、それどころか、この世から抹殺してしまいたいくらいだ。なのに……。このやろう、よくも、俺の大事な娘を。許可なくこっそり、のうのうと、一緒に暮らしやがって……。あああっ……。また夕べの怒りがぶり返してきた。遥を見てたらムカムカしてくる。おい! 柊っ。こいつのどこがいいんだ! こんなやつがなんでおまえの相手になるんだ。いつからこいつにたぶらかされてる! 」


 段々と、父の行動パターンが読めてきた。

 口ではああ言ってるけど、結局、自分を納得させるために、わざとわめき散らしてるんだってことが。

 遥も要領を得たもので、むやみに言い返すことはせずに、父の気の済むまで言いたいようにさせているのだ。


「あなた、そんなに大騒ぎしたらまた血圧が上がりますよ。もういいじゃないですか。二人のことは二人に任せて見守ってあげましょうよ。二人が一緒に住んでいようがいまいが、とやかく言うのはもうやめましょう。さあ、柊たちもいつまでもここにいなくていいから。どこか気晴らしに出かけていらっしゃいな。うちの車、使っていいわよ」


 わたしが後片づけをしようとタイル貼りの流しの前に近寄ると、ここはいいから早くあっちへ行きなさいと耳打ちされた。

 父の怒りが収まるまで、ここから出て行けと言うことなのだろう。

 母の気遣いを温かく受け止めながら、遥と一緒に廊下へ出た時だった。


「お、おい。柊。遥……」


 父が、ややためらいがちにわたしたちを呼び止めた。

 今度はいったい何が言いたいのだろう。

 再び緊張が走る。


「もし……。もしもだな。その……」


 どうしたのだろう。

 父らしくもなく口ごもりながら、何かを伝えようとしている。

 わたしはなぜか振り向かない方がいいような気がして、背中を向けたまま、立ち止まった。

 遥も同じようにその場で足を止める。


「おまえたちの、その、子どもが出来るようなことがあったら……」

「あ……」


 思わず声を上げてしまった。

 子どもって、つまり、その……。

 綾子おばさんも心配していた、妊娠のことだろう。


「すぐに父さんか母さんに相談に来るんだぞ。自分達で勝手にことを進めるな。いいか? わかったな! 孫は……。孫は、自分の子よりかわいいと、世間では言うからな……」


 わたしは、わかったと言って父の顔を見ないまま頷いた。

 次第に目の奥が熱くなってきて、廊下の床に貼り合わせている木の継ぎ目が滲んで見えなくなる。

 溢れる涙を堪えて、やっとの思いで、父さんありがとうとつぶやき、隣に並んで立つ遥の手をそっと握った。


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