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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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4.もしかして、素人さん?

 読者モデル……。

 やっぱりあの話、本当だったんだ。

 お店というのは、遥の祖父母が経営している朝日万葉堂という和菓子屋のことだ。

 昨年の暮れに、伝統菓子協会の主催で、全国の協会加盟店の売上と知名度を上げるためのプロジェクトの一環として、ホームページを作ることになったのがそもそもの事の始まりだった。

 それぞれの加盟店が工夫を凝らしページを飾る。

 たまたまその中で使われた朝日万葉堂の写真が、協会のイメージポスターとして選ばれ、全国の加盟店にくまなく配布された。

 ひょんなことから、遥がポスターのモデルを引き受けたのを皮切りに、話がどんどんエスカレートして、騒ぎが大きくなってしまった……というわけだ。

 もちろん遥はモデルの依頼をホイホイと気安く引き受けたわけではない。

 朝日万葉堂の店頭での撮影が決まった時、ホームページやマスコミを使っての宣伝など全く馴染みのない彼の祖父が、遥に助けて欲しいと泣きついてきた。

 当初の予定では、店舗のユニホームでもある和服を着た店員が、商品を手に乗せて微笑んでいるところを写すはずだった。

 けれど、おじいさんのそばにいて、いろいろと手助けする遥がカメラマンの目に止まるや否や、とんでもない方向に事態が勝手に進み始めてしまったのだ。


 あれは、去年の十月の終わり頃だった。

 秋の紅葉をイメージした和菓子が店頭に並び、店内にも、もみじの枝が形よく花器に生けられていた。遥はサークルの先輩に事情を話し休みをもらい、ほとんど顔を出すこともなかった店の暖簾をしぶしぶくぐった。

 遥が一緒に来いと言うので、わたしもついて行った。

 するとどうだろう。彼の姿を見るや否やおじいさんもおばあさんも大喜びで、自分達よりもずっと身体の大きい孫に向って、抱きしめんばかりの大騒動だったことは記憶に新しい。

 遥の母親である綾子おばさんは、この人たちの一人娘だ。

 つまり孫は、遥と妹の希美香、弟の(すぐる)の三人だけということになる。

 とりわけ、初めての孫である遥がかわいくて仕方ないのだろう。

 おじいさんの顔は始終ゆるみっぱなしだった。

 撮影の間はもちろんのこと、どんな時でも、おじいさんは遥のそばにくっついて離れない。

 すべてを頼り切っている感じだった。


「なあ、遥。ホームページとやらは、どうやったら見れるのかい? 」


 などと真顔で訊ねられた時には、さすがに遥も困惑の表情を隠し切れないようだった。

 携帯とトランシーバーの違いすらいまだ十分に理解できていないおじいさんは、事務所にあるパソコンでホームページを見るんだと説明しても、不思議そうに首を捻るばかりだった。


「それは、わしみたいな年寄りでも使えるのか? そんなもので、本当に日本中の人が見てくれるのか? それより、新聞広告の方が、ずっとわかりやすいと思うんだが」


 残念ながら、遥の噛み砕いた説明も一向に実を結ぶ気配を見せなかった。

 インターネットの意味をなかなか理解しないおじいさんに、懇切丁寧に答える遥は、次第に面倒くさそうに不機嫌な様子を募らせていく。

 なのに、おじいさんはどんどん機嫌がよくなっていく。

 遥のふて腐れた態度など、もうとっくに慣れているのか、それすらもかわいいとでも言うように目を細めて孫を見上げている。


「遥に来てもらって、本当によかったよ。わしらだけでは、何のことかさっぱりわからんしな。それにしても、すごい世の中になったものだ。ホームページか、そうか、そうか……」


 撮影の準備をよそに、おじいさんはすっかり遥に依存している。

 そんなことなど何も知らないカメラマンが、撮影の合間にここぞとばかりに遥に声を掛けてきたのだ。


「そこの君、ちょっといいかい? もしかして、どこかのプロダクションに所属してるのかな? 」


 遥を見上げながら、カメラマンが訊ねる。


「へ? プロダクション? 」


 なんのことだかさっぱりわからない遥は、ますますだるそうに顔をしかめ、怪訝そうにカメラマンを睨み返した。


「えっ! もしかして、素人さん? 」


 カメラマンがなぜか素っ頓狂な声を出して、大げさに驚いてみせた。


「俺、この人の孫ですが……。じいさんに頼まれて撮影に立ち会っているだけですけど」


 横にいる社長である彼のおじいさんと遥を見比べながら、納得したようにカメラマンがうなずく。


「ほーっ! ということは、将来のこちらの跡取りさんですか? それはそれは! っと、それならば……。素人さんなら事務所を通さなくてもいいし、話は早いよ」

「どういうことですか? 」


 話が見えない遥は、よりいっそう不機嫌さをつのらせる。


「いやいや、どうもこうもないんだけどね。それにしてもカッコいいなあ、君。ちょっとここに立ってみて……」


 その時、のんきに新作の和菓子を食べながら高みの見物をしていたわたしも、急な話の展開に何度あんこがのどにつまりそうになったことだろう。

 確か、柔らかい橙色の求肥にくるまれたこしあん入りのお菓子だったのだけれど、その瞬間、どんな味だったのかすっかり忘れてしまうほどの衝撃だった。

 当日たまたま着ていた、古びた感じのする穴の開いたダメージジーンズに、洗いざらしのチェックのシャツのままカメラの前に立たされた遥は、カメラマンとそのアシスタントに乞われるままいつの間にかポーズを取らされていた。

 ただ棒立ちになるだけの遥に、あれこれカメラマンの注文が飛ぶ。

 雑誌の中でしかお目にかかれないような、決めポーズまで要求されて、面食らっている遥が少しかわいそうになったほどだ。

 そのうち店の中だけでは飽き足りず、街中にまで出ていくつかのショットを撮られたのだ。

 今まで何度頼まれても、店のアルバイトも工場の手伝いも断り、何一つ朝日万葉堂の仕事にかかわってこなかった遥が、店の宣伝のためのモデルをやっている。

 二つ返事で孫をにわかモデルとしてカメラマンに差し出したおじいさんは、にこにことさも満足そうに撮影を眺めていた。

 喜んでいるおじいさんを前に、遥も事を荒立てるわけにはいかなかったのだろう。

 そのまま成り行きに身を任せ、何百回というシャッター音を聞く羽目に陥ってしまったのだ。


 そして出来上がった写真は、言葉にならないほど心を打つ作品に仕上がっていた。

 カレンダーサイズの大きなポスターとホームページのトップに使われたその写真が、その後の遥の運命を大きく変えるきっかけになってしまうなどと、その時誰が予測しただろうか。

 弾みとはいえ、安易に協会のモデルを引き受けたことを、遥はひどく後悔していたのだった。


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