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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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36.父さんの涙 その2

 ついに父が、わたしたちのことを認めてくれた。

 でも、まだ目に涙をいっぱい溜めている父はどこか寂しそうで、そんな理解ある言葉とは裏腹に、わたしにどこへも行くなと言っているような気がしてならない。


「あのう、父さん……。父さん、ごめんなさい」


 何か一言でも話せば泣いてしまいそうで、怖くて口を開くことが出来なかった。

 が、もうこれ以上我慢することは無理だ。

 父に向かって堰を切ったように思いを溢れさせた。


「わ、わたし、遥とこれから先もずっと一緒にいたいと思ってる。ずっと昔から、遥と結婚するんだって、そう思って過ごしてきた。だから、もし父さんに反対されたら。もう生きていけないと思ってた」


 父が眉を潜め、言葉では言い表せないような悲しそうな目をして、わたしを見た。

 でも、大袈裟でも何でもない。これは、わたしの正直な気持ちだった。

 死ぬほど人を好きになるなんて言葉は、映画や小説の中だけの大げさすぎるうそっぱちの表現だと思っていたけど、今のわたしにははっきりと理解できる。

 もしも遥を失うようなことになれば、とうてい生きてはいけないだろうと。

 いつの間に、こんなに遥を好きになってしまったのだろう。

 一緒に暮すようになってから、ますます遥への想いが深くなっていったのは、間違いない。

 彼が帰宅するまでは心配でたまらないし、食生活や家での睡眠時間などもすべて把握しているがゆえに、彼の健康への不安も増す一方だ。

 仕事での彼の立場も気になって仕方がない。

 常に彼のことばかり考えているのだ。

 遥への思いは尽きることはなく、愛し愛されることにより一段と貪欲になっていく。


 父の気持ちとて痛いほどよくわかる。

 たとえ相手がよく知っている遥であったとしても、一人娘が親の知らないところで男性と暮らしていると知った時の驚きと悲しみは、どれほどのものだったのだろうと想像がつく。

 それもついさっき知らされたばかりだろうから、まだ心の整理もついていないはずだ。

 あんな風に遥に向かってけんか腰になるのも無理はない。


 でも、相手は父の大好きな遥だ。

 男の子のいない我が家にとって、遥はずっと本当の息子のような存在だった。

 そんな遥をわたしの将来の伴侶として認めてくれるのは、ある意味、当然の流れかもしれないけど、娘を奪った男であることには違いない。


 憎い……。でもかわいい。

 そんな二つの相反する思いが交錯する父の涙は、わたしの心に重くのしかかるばかりだ。


 それに、わたしには直接まだ何も怒りを向けてこない父が不気味でもあった。

 遥だけが悪いのではない。わたしも同罪だ。

 いや、わたしこそ父の怒りをすべて受けるべきだと思う。

 けれど父の目を見ればわかる。遥への怒号は、すべてわたしにも向けられていたのだと。


「兄さん、ほんとうにすまない……。遥を許してやってくれ。遥の足りないところは僕がサポートしていくつもりだ。柊に辛い思いだけはさせないから」


 俊介おじさんは、まるで遥の気持ちをそのまま代弁するかのようにひたすら謝っている。


「でもね、兄さん……。遥が柊を選んだのは、わが息子ながらあっぱれだと思うよ。こんなに素直でかわいくて。賢いお嫁さんが将来うちに来てくれるとなると、僕も鼻が高いよ。希美香もうれしいだろ? 」

「あったりまえじゃん! いつも威張り散らして気に食わない兄貴だけど、お姉ちゃんを選んだことだけは尊敬するね。見直したよ、お兄ちゃん! 」


 わたしと遥の間にいる希美香が、エールを贈るように、遥の背中を容赦なくパシッと叩く。

 遥の顔が一瞬険しく歪んだけど、いつものように希美香にやり返すことはなかった。

 派手な兄妹げんかは、今日を限りに封印されてしまったのかもしれない。

 何か物足りなさそうな希美香だったが、彼女もまたそんな遥の心意気を理解したのか、それ以上彼に絡むことはなかった。

 それにしても……。本当にわたしでいいのだろうか。

 真意を問うように、隣にいる希美香を窺い見る。


「お姉ちゃん。なんだって、そんなに不安そうな顔してるの? あたしはね、お兄ちゃんが選んだ人がお姉ちゃんでよかったって、本当にそう思ってるんだから。お姉ちゃんがお兄ちゃんを選んだのは、ちょっと理解できないところがあるけどさ。でもね、もしお兄ちゃんが違う人を連れて来たとしたら、こんなに応援してないよ、絶対! 」

「希美ちゃん……」

「だって、だって、あたし……。小さい頃、お姉ちゃんにいっぱい助けてもらったんだよ。いつも家には母さんがいなくて、父さんも夜中にならないと帰ってこなくて。母さんが仕事を大事にしていて、それを理解している父さんのこともわかってた。でもね、心の中ではずっと寂しかったんだ。そんな時、お姉ちゃんが側にいてくれて、いっぱい遊んでくれて……。もしお姉ちゃんがいなかったら、あたし……あたし……」


 希美香がわっと泣き崩れた。

 わたしの膝に顔を埋めて、細い肩を揺らし声を上げて泣いていた。

 希美ちゃん。わたしも知っていたよ。

 当時、綾子おばさんは仕事で忙しくて、ずっと家にいないことも多かった。

 あなたが寂しがっていたこと、ちゃんとわかっていたよ。

 わたしは、希美香のことを本当の妹のようにかわいく思っていたから、いつも一緒にいるのがあたりまえだった。

 遥は学校から帰るとすぐに、友達と野球やサッカーをしにどこかへ遊びに行ってしまうから、ひとりぼっちになって余計に寂しかったんだと思う。


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