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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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28.決断の時 その1

 おばさんの口から重々しく告げられた言葉は、わたしの胸にずしんとのしかかって来た。

 全く予想していなかったといえば嘘になる。

 いや、それどころか、いつも心のどこかで不安を感じていたのはまぎれもない事実だ。

 何の根拠もない、絶対大丈夫という遥の言葉にすがるようにして、この二ヶ月間を過ごしてきた。


 もしも子どもができたらどうする、と彼に訊いたことがある。

 するとたったひと言、産めばいい、と言った。

 そして、二人で育てよう、俺がすべて責任持つからとも言った。

 でも万が一、それが現実の物になったとしたら、とてつもなく大きなリスクを負うことになるだろうこともわかっていた。

 大学は休学するか、あるいは最悪の場合、退学も考慮しなければならない。

 就職も先延ばしになる。

 そして何よりも、両親や遥の家族に多大な心配をかけてしまう。

 はたしてわたしは、そんな逆境に耐えられるのだろうかと不安ばかりがいつも心の片隅に見え隠れしていたのだ。


「こういう生活の先には、逃れられない現実がいつも背中合わせなのよ。私の考えが古いと言うかもしれないけど、あなたたちの、その……。ど、同棲には、やっぱり反対だわ。当然のことよね。柊ちゃん、近いうちに実家に帰ってらっしゃい。そしてお父さんやおばあちゃんにもすべて話して、今後のことをきちんとした方がいいわ。遥! あなたも帰って来て、みんなにすべてのことを説明するのよ! いいわねっ!! 」


 綾子おばさんの取った態度は、ある意味、一番常識的なのかもしれない。

 遥を堂野家の跡取りとして育てた以上、蔵城を継ぐたったひとりの娘のわたしが堂野家に入ることは、とても難しいことだというのは理解できる。

 おばさんは自分の結婚で俊介おじさんを堂野家の婿養子に迎えた時点で、これ以上蔵城家に迷惑はかけられないと思っているのだろう。


「さあ、お姉さん。もう行きましょう。ここにいたって仕方ないわ。取りあえず遥は今夜からここを出なさい。いや、今すぐにでも柊ちゃんから離れて。いいわね! そうそう、あなたの優しいお友達のところへでも行って、世話になればいいんじゃない? よくもまあ、そんな見え透いた嘘がまかり通ると思っていたものね。浅はかだわ。お兄さんにもお姉さんにも、一生顔向けできないようなことをあなたはやってしまったのよ。わかってるの? ねえ、遥! 」


 遥は何も言わない。

 無言のまま畳の目をじっと見ているだけだった。


「ちょうど明日は土曜日ね。この週末、二人とも一度うちへ帰ってらっしゃい。それがいいわ。その代わり、お父さんたちの怒りも覚悟しておきなさいよ。わかったわね。それじゃあ、もう行くわ……」


 そう言って綾子おばさんは、誰とも目を合わせずにすくっと立ち上がった。


「そうそう、これを持って来たのよ。はい、おばあちゃんの手作りの漬物。一番生り(な)のきゅうりの味噌漬けよ。柊の大好物でしょ? お昼にこれでも食べて、今後のことを二人でよく話し合いなさいね。私は、あなたたちのこと、信じてるから……」


 母は漬物の入った容器を食卓テーブルの上に載せ、先に行こうとする綾子おばさんを追うようにして、玄関に向かう。

 母は、最後に一度だけ私たちの方を振り返って、今までに見たことのないようなとても悲しそうな笑顔を残してわたしと遥の部屋から出て行った。


 母たちが帰った後、その場から立ち上がることが出来なかった。

 なんともいえない脱力感に見舞われ、次の行動に移るのがとてつもなくおっくうになる。

 鋼鉄の塊を背中にしょっているような感覚と言えばわかりやすいかもしれない。

 遥も畳の上に寝転がって脚を組み、じっと天井を見ていた。

 今から大急ぎで昼食にすれば、午後の講義にはなんとかぎりぎり間に合う。

 でも、こんな状態で講義を受けても、きっと集中できるはずがない。

 それに、せっかくのおばあちゃんの漬物だけど、今のわたしには到底喉を通りそうにない。


「ねえ、遥……。このあと、どうする? 」


 膝を抱えてうずくまっているわたしの横で、寝転んでいる遥に訊ねた。


「大学、今日は休むよ。柊は? 」

「わたしも……。こんなんで行けるわけないよね」

「ああ……。それにしてもびっくりしたよなあ」


 遥が顔だけこっちに向けて言った。


「うん。途中で意識がなくなりそうになった。倒れなかったのが不思議なくらい。これは夢だよって、誰かに言って欲しかった。まさかあんなに急に来るなんて、誰も思わないよね」

「まったく。あの二人には生き血を全部抜かれたような気分だよ。まあ、俺がちゃんと携帯の充電をしてなかったのが悪いんだけどな」

「ホント、タイミングが悪いよね。いつも言ってるでしょ。充電のチェックは忘れないでって」

「だよな。まさかこんな形で思い知らされるとは。で、仮に連絡を受けたとして。俺は携帯に叩き起こされて、あの二人がここに着く前に、部屋から追い出されるんだろ? それとも風呂場にでも押し込まれるのか? 押入れに隠れるって手もあるか」

「まあ、そんなところ……だよね」

「はん、残念でした。俺はどこにも逃げないね。あいつらに堂々と顔を拝ませてやるよ。このままずっと隠し通せるわけないしな。いつかはバレる。そろそろ潮時だったってことだよ」

「は、遥! なんでそんなに簡単に開き直れるの? 」


 遥の自信たっぷりの笑顔に不安がよぎる。

 まだまだこれですべて解決したわけではないのに、だ。


「別に開き直ったわけじゃない……。そうするしか道はないってことだよ。それにしても。ここまで強烈だとはなあ。柊の親父(おやじ)さんに殴られる覚悟は出来てるけど、まさか俺のお袋が一番手になるなんて、意外だった。でもな、お袋を弁護するわけじゃないけど、俺や柊が憎くて俺達のことを反対してるんじゃないんだ。それだけはわかってくれるよな? 」

「うん。わかってる。おばちゃんも堂野家と蔵城家の間で板ばさみなんだよ……。きっと」

「どうしたらいいんだ」

「ホントだね。あたしたち、どうすればいいんだろ。将来、結婚するのは無理なのかな……」


 頭ごなしに別れろと言われなかったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。

 でも、遥はここを出ろと言われていた。すぐにでも友だちの家に行きなさいと。

 また離れ離れの生活が待っている。


「昼メシ食って、買い物行って……。帰ろう」


 そう言って遥が、すくっとその場に起き上がった。


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