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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
特別編1 希美香の恋
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希美香の恋 その39

『希美香の恋』最終話です。

「それぞれが自分の道を歩み、お互いに尊重し合う。そして、時には近況を報告し合って、メールのやり取りや電話で話す。その先には結婚はもちろん、会うこともできませんが、そういう関係は誰も非難しないでしょう」

「そうですね。それなら……」


 けれど、絶対に会いたくなるに決まっている。

 そんな中途半端な関係が守れるくらいなら、それはもう、この人を好きでなくなった時だ。


「いや、やっぱり、だめです」

「え? どうして? 」


 予期せぬ答えだったのだろうか。先輩が驚いたように目を見開いた。


「私、絶対にあなたに会いに行ってしまいます。アフリカだって、南極だって、宇宙だって。あなたが行くところに追いかけて行ってしまいます。恥ずかしながら、私は煩悩まみれな女です。だから、そんな期待させるようなことは、もう何もおっしゃらないで下さい。今日を最後に、あなたとのすべての接点を絶ちたい。そうして下さい。お願いします」


 希美香は思いのたけを込めて、彼に頭を下げた。

 彼と一緒にいたいのに接点を絶って欲しいなどと矛盾ばかりの言動だが、そうするしかない。

 このままだと、なりふり構わず、先輩のプライベートエリアに侵入してしまうだろう。

 そんな自分が怖かった。


「堂野さん……」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」


 せっかくの彼の歩み寄りを打ち消してしまった以上、謝り続けるしかない。

 どんな顔をして彼を見ればいいのだろう。

 もうこれで、本当に彼との関係は終わってしまった。

 それを望んだのは自分。

 ……これでいい。


「いえ、堂野さんのおっしゃる通りだ。どうか顔を上げて下さい。そんなに謝らないで。私だって同じです。自分で言っておきながら、そんなに都合よくできるわけないって、わかっているんですから。本当は、あなたとは一分たりとも離れていたくないんです。一緒に東京まで付いて行きたい……。過去の私の恋愛は、自分が行動しない限り、何も進展はない、そんな交際ばかりでした。けれどあなたは違う。なぜか、自然と導かれるようにあなたと会ってしまう。寝ても醒めても、あなたのことばかり考えてしまう。ならば、日本から離れるしかないと思った。朝日万葉堂を敵に回してでも、あなたを奪いたいと考える恐ろしい自分を、押しとどめなければならなかったのです。出来ることなら、あなたと一緒に世界中を旅したい。あなたを自分の物にしたい。そして、すべてが欲しい……」

「大河内先輩……」

「すみません。こんなことばかり考えている弱い男です。本当に私は馬鹿です。こんなに馬鹿だとは思わなかった……あっ……」


 希美香はいつしか彼に抱きついていた。

 そして、自ら彼の唇に自分のそれを押し当てていた。

 すると彼がそっと希美香を離し、驚きながらも笑みを浮かべ、優しくつぶやいた。


「ちょっと待って下さい……」 と。


 彼はおもむろに眼鏡をはずし、希美香をゆっくりと抱き寄せた。

 そして、見詰め合う。

 彼の顔が近付いてくるのと同時に目を閉じた。



 鳥の声と、風の音。

 草の香りと、彼のぬくもり。

 そして、狂おしいまでの愛の情念が、希美香をすっぽりと包み込んでいた。






「それでは、行ってきます」


 希美香はホームで見送る先輩にぺこっと頭を下げた。

 あたりはもう真っ暗だった。


「希美香さん、気をつけて」

「はい。先輩も、気をつけてアフリカに行って下さいね。東京に着いたら、すぐに電話します」

「わかりました。私も、向こうに着いたら必ず連絡します」

「待ってます」


 間もなく一番線に快速電車がまいりますと、ホームにアナウンスが響く。


「旅から帰国したら……」


 先輩が希美香の手を取り、話し始める。


「私たちの交際を認めてもらえるよう、社長にあいさつに伺います。そして、堂野と柊さんにも、あなたとのことを報告します。もちろん、あなたのご家族にも。そして、仕事を見つけ、必ずやあなたと幸せになれるよう、頑張るつもりです。それまで、もうしばらく時間を下さい」

「わかりました。待ってます。あなたがもっともっとおいしいと言ってくれるよう、和菓子作りに専念します。いつまでも待ってます。ずっとずっと待ってます。それじゃあ、また。先輩……。大好きです」


 希美香はそう言って、電車に乗り込んだ。

 ぎりぎりまで繋がっていた手が名残惜しげに離れる。

 そして無情にも、ドアが閉まった。

 窓越しに見える先輩が、口をぽかんと開けて、その場に立ちすくんでいた。


「先輩、愛しています! 」


 最後にもうひとつだけ、取っておきの一言を付け加えておいたけれど、窓ガラスが邪魔をして、もう声は届かないだろう。

 涙が溢れてきて先輩の姿がかすんでくる。

 本当に大好きな人。彼がいれば、どんな試練も乗り越えられそうな気がする。

 もう後を振り返るのはやめた。前だけを向いて、歩いていこうと決めたのだ。


 今はまだ、彼とは別の人生を歩むけれど、心はずっと一緒に寄り添っている。

 まだまだ時間はかかるだろう。

 それでも、いつか彼と一緒に暮らせる日を夢見て、希美香は東京へと向かい、仕事への意欲を新たにしていた。


最後までお読み頂き、ありがとうございました。

もどかしかった二人の恋も、ひとつの大きな山を越えたようです。

まだまだ課題は山積みですが、希美香には是非とも幸せになってもらいたいなあと願いつつ、『希美香の恋』を完結とさせていただきます。

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