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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
特別編1 希美香の恋
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希美香の恋 その36

「堂野さん、今日は無理を言ってすみません」


 大河内先輩は、長い足を持て余すようにしてその場に座り、居住まいを正した後、彼らしく丁寧に頭を下げた。


「いいえ。これくらい、お安い御用です。ちょうど私も、そろそろ公園を出ようと思っていたところだったので。だってあそこは寒すぎますよね? ここの方がずっと暖かいし」

「そうですね。公園は寒かった。昔から風がきつい所だったけど、だからこそいいこともありましたね。中学生になったばかりの頃、別の校区から来た僕に分け隔てなく仲良くしてくれた友達がいてね。彼らと野球をやる時は、その風向きさえ味方につければ、こっちのもの。場外ホームラン連発ってこともよくありました。少年野球出身の仲間の足を引っ張らなくてよかった」


 先輩は体操座りのように膝を曲げた体勢で両手を後につき、時折り空を見上げながら楽しそうに思い出を語る。


「うわーー。ホームラン連発だなんて、すごいですね。それ、風のせいだけじゃないですって。だって先輩はスポーツ万能だし、きっと何をやっても完璧なんです」

「誰がそんなこと言ったのですか? 全然万能なんかじゃないです。もともとサッカーやってましたが、生徒会との両立は難しくて、結局挫折してしまいました。スポーツは何一つ、ものになっていませんよ。でも、走るのは好きでしたね。それだけです」

「先輩がスポーツ万能ってのは、中学の時みんながそう言ってたからですよ。でも実際、体育大会でも、大活躍だったじゃないですか。先輩、かっこよかったです」

「ははは……。ありがとう。そんな風に言ってくれるのは堂野さんだけですよ。それこそ陸上部に万能選手がいて、短距離走だけは、どうしても彼に勝てなかった。高校では帰宅部で、大学でスポーツ同好会みたいなのに入っていましたが、バイトが忙しくなって、いつしか幽霊メンバーの仲間入りです。こんな風に堂野さんに認めていただけるのなら、何かひとつでもスポーツを続けておけばよかった。後悔してます」


 ますます饒舌になった先輩が、今まで知りえなかった彼の人生を次々と語ってくれる。


「私だって同じです。陸上を続けていればよかったって、いつも後悔しています。そっか……。先輩はあの公園で、野球をしていたんだ。多分その同時期に、小学生だった私はその周囲で鬼ごっことか、かけっことか。そんなことばかりやってました」

「そうでしたか。堂野さんもそうやってあの公園で遊んでいたのですね。もっとよく観察しておけばよかった。きっと、一番足の速い人が、あなただったのでしょうね」


 そう言って、ドキッとするような笑顔を浮かべる。

 先輩、素敵すぎます。

 ああ、このまま時が止まってくれればいいのにと、ありがちな欲求が脳裏をかすめる。

 希美香の心は、次第にほっこりとした暖かさに満たされていった。


 そういえば……。

 すぐにちょっかいをかけてくる兄に追いかけられて、姉と一緒に逃げ回っていたあの頃、かけっこに自信があった希美香は、年上の姉に置いていかれることなく、同等のスピードで走って、なんとか兄から逃げ切っていた。

 でも持久力は姉には適わない。

 しぶとい兄の追撃に耐え切れなくなって、決まって先に降参するのは小さい希美香だった。

 そこに先輩も加わっていたら、どんなに楽しかったことだろう。

 先輩になら追いかけられて捕まっても、すねたり怒ったりしなかっただろうな。

 捕まえて欲しくて、わざと走るスピードを落としたりして。

 希美香の妄想は、頭上にぽっかりと浮かぶわた雲同様、どんどん膨らんでいく。


「それにしても、ここは暖かい。品質の良い栗が育つのに好ましい条件が、すべてそろっているのでしょうね」


 空想の世界に浸っていた希美香は、先輩の言葉に現実に引き戻される。


「祖母がよくそんなことを言ってました。でも、私にとっては栗園というよりも、ここは遊び場に近かったので、栽培についてはあまりよく知らなくて」

「なるほど。遊び場ですか。確かに広くて見通しも良くて、遊ぶのにいいところですね。私は、こちら側の山に登るのは初めてです。まさか、こんなに眺めがいいところだとは、今日まで知らなかった。街の様子が一望できる。私たちの母校も見えますね」


 彼は遠くに見える中学校を指差し、目を細めた。


「はい。いろいろ見えます。図書館も、市民プールも。もしかしたら先輩の家のあたりも見えるかもしれません。そうそう、夜もそれなりに、きれいなんですよ」

「夜景……ですね」


 希美香はこくっと頷いた。

 生駒山から見た大阪の夜景には到底敵わないけれど、控え目で、優しいきらめきを放つ地元のこの美しい夜景が、実は世界中で一番好きだ。

 小さい頃は、友達をここに出入りさせることは禁止されていた。

 今よりも収穫量も多かったし、栗園を荒らされないようにするための自衛策だったのだ。

 けれど、しばしば兄や姉と一緒に来て、日が暮れるまで遊んだものだ。

 兄がいない時は姉と二人だけで誰にも邪魔されずに宝物集めごっこもした。

 つやつやに光る栗の実だったり、形のいいどんぐりだったり。

 あるいは、イヌタデの赤い実の房やとげとげのオナモミまで、秘密の場所と称した土の中に、そっと埋めたりした。

 運よく、次の年に芽吹いたものもあるだろう。

 そのまま土に返ってしまったものも多いはずだ。

 そして月日は移ろい、誰もがみな大人になってしまった。


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