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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
特別編1 希美香の恋
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希美香の恋 その33

 改札口で切符を買い、時刻どおりにホームに入ってきた始発電車に乗り込む。

 客はまばらで、どこでも座れるというありがたい状況が、希美香をほっとさせる。

 別に座る場所にこだわりのない希美香は、扉のすぐ横に腰を掛け、即座に目をつぶった。

 途中、一度乗り継いで、東京駅に向かう。

 目的は新幹線だ。そしてなつかしいあの地へ帰る。

 それまで少しだけ眠ろうと思った。


 ドアが閉まりかけたその時、誰かが駆け込んできた。

 静まり返った車両内にその人の靴音が、こつこつと響く。きっと男性だ。

 けれど、すぐにもとの静けさに戻り、希美香は目を開けることはなかった。

 さっきまであんなに目が冴えていたのに、次第に意識が朦朧としてくる。

 ああ、いい具合に眠ってしまいそうだ、と思ったその時だった。 


「蔵野……いや、堂野さん? 」


 誰かが希美香に話しかけてきた。それも、堂野と本名で呼ばれ、びくっとして目を開けた。

 いったい誰だろう。

 目の前に立ってこちらを見下ろしているその人をじっと見た。

 数回瞬きをして、もう一度見る。


「堂野さん、ですよね? ああ、やっぱりそうだ」

「……えっ? 何で? 」


 どうしてこんなところにその人がいるのだろうと、半分眠ったままの頭で考えを巡らせる。


「いやいや、それはこちらのセリフですよ。どうして堂野さんがここにいるのですか? あなたの仕事場はこの沿線じゃないですよね? 」


 寝ぼけまなこでその人をじっと見た。

 徐々に意識がクリアになり、その人がはっきりと希美香の網膜に映し出される。

 た、大変なことになってしまった。

 そうだったのだ。昨夜この人のマンション付近までふらふらと行ったのは、紛れもなく怒りにまかせ兄の家を飛び出したあとの自分だったではないか。


「大河内、さん……」


 希美香が昨夜、一番会いたかった人、そして同時に、一番会ってはいけないその人が、スーツケースと大きなショルダーバッグを持って、希美香の前に現れたのだ。


「もう二度と堂野さんには会えないと思っていました。まさか、こんなところで会えるとは……。不思議なこともあるものです」

「あ、はい、本当に、不思議ですね……。あの、こんなに早くに、どうされたのですか? また、海外出張か、何かですか? 」


 希美香は、彼の大荷物を見て訊ねた。

 いや、訊ねるまでもなく、その予想は当たっているだろうと思うのだが、取りあえず社交辞令的に、話題をふってみた。


「いや、そうではないのですが、その……」


 先輩らしからぬ返答に、希美香はとまどう。

 では出張以外に、この大荷物の理由が何かあるだろうか? 

 たとえば、旅行とか?

  

 どうであれ、何かこれ以上訊いてはいけないような、そんな予感が希美香に襲いかかる。

 彼の目が、バリアを張ったように見えたからだ。


「堂野さんは? あなたはどうしてこんなところにいらっしゃるのですか? それも、こんなに早い時間に」


 さっきと同じ質問が繰り返された。

 けれど、希美香も先輩と同様、返事に詰まり、何も言えなくなる。

 家にも帰らず、仕事場にも向かわず。

 無謀な策を行使しようとしているなど、先輩に言えるはずもなく。


「あの……。実は、その……」

「いいんですよ。やぼな質問をしてすみませんでした。隣、座ってもいいですか? 」

「ええ、どうぞ」


 先輩がスーツケースをゆっくり動かし、希美香の隣に腰を下ろした。


「空いてますね」

「そうですね」


「今朝は少し寒いですね」

「ええ……」


 せっかく先輩が気を遣って話かけてくれるのに、会話が続かない。

 祖父が見合いと言う名の政略結婚を企てたあの日から、彼とは一度も会ってないのだから、それも仕方ない。

 それに、別れた二人が、今さら何も話すことはないのは当然の結果だ。


「ふるさとの山も、もうすっかり秋が深まっているのでしょうね。木々も色付いている頃かな……」


 突然そんなことを言い出す先輩に、希美香は口を閉ざしたまま、そっと隣を伺い見た。


「帰ることにしました。なつかしいふるさとへ。あそこに帰れば、何かが見えてくるかもしれない。私の原点は、堂野さんのふるさとと同じところ、ですからね」


 希美香ははっとして、前に向き直った。

 なんてことだろう。自分と同じではないか。

 思わず耳を疑った。


「会社は辞めました。今から実家に帰り、そして、世界中を旅するつもりです」

「先輩……」


 思わず絶句する。

 希美香が今から帰ろうとする場所に、先輩も帰ると言ったのだ。

 ふるさとに帰り、自分の原点をしっかり見てこよう、そう決めたのは偶然にも希美香も同じだった。

 ついさっきまでは、切れたと思っていた赤い糸。

 その糸がまだ繋がっている感触を、希美香は今またはっきりと感じ取っていた。


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