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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
特別編1 希美香の恋
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希美香の恋 その30

「お兄ちゃん、お姉ちゃん……。ごめんなさい」


 希美香はテーブルに額がつく寸前まで頭を下げて、二人に謝った。

 これ以上、嘘に嘘を重ね偽り続けることは、二人に対して不誠実極まりないと思ったからだ。

 兄夫婦に対してすべて認める覚悟が決まったのだ。


「希美ちゃん……。遥の言ったこと、本当なの? 」


 希美香が大河内に恋していたなんてことは、姉にとっては晴天の霹靂だったのだろう。

 姉は声を震わせながら真偽を確かめるように訊ねた。


「本当……です。お兄ちゃんがそこまで知ってただなんて、私、今の今まで本当に何も気付かなかった。お兄ちゃんの言ったことに間違いはありません」

「そ、そんなあ……。じゃあ、わたしが過去に大河内君といろいろあった時、知らないうちに希美ちゃんを傷付けていたってことだよね? ああ、わたし、希美ちゃんになんてひどいことをしたんだろう。だとしたら、謝るのはわたしの方だよ。希美ちゃん、ごめんね。希美ちゃんの気持ちに気付いてあげられなくて、本当にごめんね……」


 姉は目にいっぱい涙をためながら、自分の至らなさを悔いるように謝りつづけた。


「お姉ちゃん、そんな風に謝ったりしないで。だってね、先輩のことが好きって言っても、みんなと同じように、かっこいいって騒いでいただけだし、あこがれてたってだけだから。だから高校生になった時、ちゃんと彼氏も出来たし、今回の件で先輩に会うまでは、そんなに思い出すこともなかったんだ。それで、偶然にも先輩に再会して、その……」

「あいつと心を通わせた。そうだな? 」


 兄がズバッと切り込んできた。

 全くその通りで、弁明の余地もない。

 希美香はこくりと頷くしかなかった。


「うん……。でもね、お兄ちゃん、お姉ちゃん。私は自分から先輩に素性を明かしたわけじゃないし、言い寄ったりしたわけでもない。それだけは信じて」

「ほう、それで? 」

「だって、お兄ちゃんたち夫婦にとって、彼がどんな存在だったかは、私なりに理解してるつもりだったから。だから絶対に先輩とどうかなるなんてことは考えてなかったし、そうなってはだめだと、自分に言い聞かせていた。でも、先輩が私のことを、初めて会った気がしないとよく言っていて。そりゃあ、中学の時、何度か顔を合わせているし、話したこともある。それになんてったって、お兄ちゃんの妹だよ。お姉ちゃんともずっと一緒にいたわけだし。だから彼の記憶の引き出しのどこかに、私のことが残っていたのかもしれない。それで、彼と共に仕事をするうちに、段々、仲良くなってしまって……」


 兄が頭を抱え込み、ううっと唸った。

 姉の頬には、次々と涙が伝うのが見えた。


「初めて会った気がしないだって? あいつは確信犯か? こうなったら、大河内はおまえが俺の妹だと最初から知っていて、プロジェクトに名乗りを上げた可能性も否定できない。なあ、どうなんだ! 」


 楓が起きないかとヒヤヒヤするくらい、不機嫌な兄の声が室内に大きく響く。


「それは違う。だって、だって。おじいちゃんが、その……。先輩の仕事ぶりをとても気に入ってしまって、それで、私との結婚を勧めてきたの」

「結婚? 」


 兄が驚きの声をあげる。

 姉も追従するように、結婚……とつぶやいた。


「うん……。私だってびっくりした。何も知らされることなく、急に本社に呼び出されて、同じように呼ばれていた先輩と、そこでお見合いのようなまねごとをさせられて。そして、先輩と結婚して、二人で朝日万葉堂を盛り立ててくれないかとおじいちゃんに言われた……」

「あいつに店を任せたいって……。それで。おまえは何て答えたんだ」


 兄の厳しい誘導尋問は、途切れることなく続く。


「それはもちろん、ノーだよ。先輩も同じで、きっぱりと断った。いや、断られたって言った方がいいのかな」


 兄の眉がピクッと動く。


「彼はね、おじいちゃんが結婚話をするその日まで、私が堂野希美香だとは知らなかった。だから、それがわかった瞬間、本当に驚いていて、即座に彼は身を引いたの。自分から申し出て、プロジェクトの担当も辞退した。彼は何があってもこの結婚は成就させてはいけないって、そう言って、私のもとから去って行った……」


 あの日のことを思い出すだけで胸が痛い。

 失恋の一部始終を自分の口から語ることがこんなに辛いだなんて、思いもしなかった。


「ったく、なんてことなんだ。でも、変だな。あいつには、彼女がいるはずなんだが……。おまえ、あいつに遊ばれてたんじゃないのか? 」


 兄は思案顔でとんでもないことを言い出した。

 これにはさすがの希美香も、堪忍袋の尾が切れてしまった。


「遊ばれてただなんて、ひどい! いくらお兄ちゃんでも、そんな言い方するなんて、許せない! 彼は、そんな人じゃないし、今は誰とも付き合っていないって言ってたんだもん! 本当なんだってば! 」


 あまりにも憤慨する希美香に仰天したのだろう。

 兄と姉が、思わず顔を見合わせる。


「おい、希美香、落ち着けよ。でもな、あいつにはしぐれさんがいるはずなんだが。なあ、柊」


 兄が横に座る姉に訊いた。


「うん。そうだと思っていたけど。でもね、つい最近の情報番組で、しぐれさんに新恋人出現か? って話題になってた。とうとう大河内君のことが明るみにでるのかなと思っていたのだけど。でもその新恋人が全くの別人だとしたら……」

「別人だとしたら……。希美香の言うことも、間違いじゃないな」


 兄と姉が二人で頷きあう。

 希美香だけ蚊帳の外に置かれているようだった。


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