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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
特別編1 希美香の恋
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希美香の恋 その25

「おお、そうかそうか。大河内君の気持ちはよくわかった。それで、希美香、おまえはどうだ? ここまで言ってくれる大河内君に、何か不満でもあるのか? 」

「ふ、不満なんて……。でも、急に言われても、その……」


 不満など、あるわけがない。

 たとえ社交辞令だとしても、好きと言ってもらえたのだ。

 それも、あこがれていた初恋の人に。

 女性としてこれ以上の喜びがあるだろうか。


 けれど、それ以上を望んではいけないのだ。

 堂野希美香だと知られてしまった以上、もう、大河内先輩に深入りすることは許されない。

 兄と姉を傷付けてまで自分の思いを遂げるのは、希美香の本意ではなかった。


「結婚とかは、まだ考えられないというか、その、仕事も中途半端だし。こんな状態で付き合っても、大河内さんに迷惑をかけるばかりだと思うの。それに、お兄ちゃんと大河内先輩の関係もいろいろとあるみたいだし……」

「何をぐだぐだ言っている。希美香、おまえも大河内君のことが好きなんだろ? 顔に書いてあるぞ」

「でも……」

「余計なことは考えず、大河内君と付き合ってみたらどうだ? またとない、いい話だと思うのだが」


 大河内先輩が兄の恋敵であった事実を知らない祖父は、とにかくこの話をまとめようと必死になっている。 

 希美香は、先輩との未来をあきらめなければならない運命が、この上なく憎く辛かった。

 それならばいっそのこと、嫌いだと言って、突き放してもらった方がよかったとさえ思う。


「社長。お言葉を返すようですが。今私が申し上げたことに偽りはありません。希美香さんの存在が私の心の中で大きく育っていることは事実です。しかし……」 


 希美香の返答を待たずして、再び先輩が話し始めた。


「ふむ。それで? 」


 不穏な空気を感じ取ったのか、祖父が怪訝そうな顔をして、先輩に訊ねる。


「社長。どうか、私のわがままをお許し下さい。私のような若輩者がこのような意見を申し上げる立場にないのは重々承知いたしております。が、しかし、何があっても、この話をお受けすることはできません。私は、朝日万葉堂を継げるような器の人間ではありません」

「では、言わせてもらおう。我が社を継げるような人材とは、どのような人間のことを言うのだ? 」


 先輩が何を言おうと、祖父はひるまなかった。


「それは、その……。社長のような方ではないかと」

「あはっはっはっは。私のような人間か。私が社長という立場を継いで、もう四十年になる。四十年前、私がどのような人間だったかは、君は知らないわけだ」

「それはそうですが。でも、人間性の根本は変わらないと思います。若くても、社長にはその器は備わっていたかと……」

「それはない。今の君の横に当時の私が並んだら、太刀打ちできないだろうな。私はね、中学を出てすぐに父の元で修業をさせられてね。子どもの頃から後を継ぐのが当然という空気の中で育てられて来たので、反発もしなかった。でもね、十八になった時、自分にはこの世界は向いていないと悟ったんだ。和菓子作りがどうしても好きになれなかったんだよ。これからの時代は洋菓子だ、ケーキ職人だと息巻いて、家を飛び出すようにしてフランスに渡ったんだ」

「そうでしたか……」


 先輩が驚いたような顔をして頷いている。

 希美香もびっくりしていた。

 そんな祖父の話は今まで聞いたことがなかったからだ。


「その後、どうなったと思う? 」

「あ……。今の社長の和菓子業界でのご活躍を拝見する限りでは。その、洋菓子の方は……」


 先輩が言いにくそうに言葉を続ける。


「そうだ。君の思っているとおり、モノにはならなかった。フランスでの修業は、父の元でのそれより、もっと厳しいものだった。言葉の壁もある。東洋人への偏見もあった。二年間頑張ってみたが、どうにもならず、すごすごと日本に戻ってきたんだ。そんなどうしようもない人間だったんだよ、私は」

「でも、今の会社を育ててきたのは、社長、あなたではないですか。お若い頃の様々な経験が活かされて今のお立場があるのだと思います。十八という若さで外国に単身で乗り込み修行をするなど、社長ならではの行動力がおありになったのかと。やはり、私には備わっていない天性の器だと思います」

「それは違う。今、私がこの立場で何が出来ているのかと問えば、何も答えが出ない。時代は否応なしに変わって行くんだ。その流れを読み取り、ここまで大きくなった会社をこの先も存続させていくには、私では荷が重すぎる。もちろん、希美香に将来を託してはいるが、この子一人にそれを背負わせるのが正解なのかどうなのか、私にもわからんのだよ」

「社長のおっしゃることもごもっともだとは思うのですが。けれど、やはり、この朝日万葉堂を担って行くのは私ではないと思うのです。それと……。堂野君と彼の奥さんである柊さんと兄弟になることは、何があっても、決して実現してはならないことだと思っています。どうか、どうか、この話は、今日限りで、社長の胸の中に収めていただきますよう、切にお願い申し上げます」


 先輩が祖父に向かって深々と頭を下げた。

 彼の出す答えは希美香の予想通りで、それ以外の選択肢はないとわかっていた。

 だが、少しは別の答えを期待していたのも事実だ。


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