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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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25.謎の訪問者 その2

「あら、柊。なんだ、いるんじゃない! いやだ。まだ寝てたの? 今何時だと思ってるのかしら。ほんとにこの子ったら」


 わたしはとっさに夏掛け布団を引っ張り上げ、隣の遥の頭をすっぽり覆うようにかぶせた。

 二人がこちらに足を踏み入れようとするまさしくその時に、自分から立ち上がって台所の方に向って行った。

 起きたばかりでふらつく足元をかばいながらも、どうにか二人の前にたどりつく。

 まだ母たちは、何も見ていないようだ。

 うん、大丈夫。とは思ってみるものの、果たしてそんな小細工が通用するのか甚だ疑問ではあるが、ここはなんとかごまかすしか道はない。

 遥がそのまま眠り続けて微動だにせずじっとしてくれることを祈りつつ、さりげなく後ろを振り返った。

 そう、振り返った。

 振り……返っ……た……。


 あ……。う、うそ……。見えている。

 遥の足が。にょっきりと。


 なんてことだ。

 夏掛け布団はサイズが小さめだから、身長のある遥の足先まで届かなかったのだ。

 まさしく頭隠して尻隠さず状態がそこにあった。

 ど、どうしよう……。

 顔をひきつらせながらも再び前に向き直り、母とおばさんに、いらっしゃいと言った。


「返事がないから、もらってた合鍵使っちゃったわよ。実は今日ね、綾子さんのご実家に用があって。それで早めに新幹線に乗って来たんだけど。先に柊のところに寄らないと、学校に行っちゃうと思って。間に合ってよかったわ……」


 母は、まだこの家の異変に気付いてない。

 洗面所に立てている二本の歯ブラシも、食器棚にしまってあるおそろいのマグカップや茶碗にも、もちろん気付いていない。

 そしてにょっきりと飛び出した彼の足にも。

 幸い、まだ洗濯物は干していなかった。

 玄関に並べている遥の靴は、不審者よけのダミーシューズだと、以前から母も了解済みなので問題ない。

 まさか押し入れの中まで覗いたりしないだろうから、きっと何も気付かない。

 どうかこのまま無事に時が経ってくれますように……と願ったのもつかの間。


「どうしたの? ねえ、柊。どこか具合でも悪いの? 顔色が悪いわ」


 母が心配そうにわたしの顔を覗き込む。

 隣の和室に置いてあるベッドが見えないように、母の前に不自然に立ちははだかるわたしは、どうみても挙動不審者だ。

 目だって、合わせられない。

 これはもう、限界かもしれないと思った時、追い討ちをかけるように、綾子おばさんがわたしの肩越しに視線を泳がせる。

 そして口をぱくぱくさせて言った。


「お、お姉さん……。べ、ベッドに、どなたかいらっしゃるみたいだわ……」

 

 むき出しの足を見たのだろうか。

 当然そのサイズは、女性のそれではない。

 絶体絶命。母が血の気の引いた顔でわたしを見た。


「ベッド? いつの間にそんなもの買ったの? どなたかいるって……。ねえ、柊。いったい、どういうことなの? 誰か、寝てるようだけど……」


 何かが音を立てて崩れるというのは、まさしくこういうことを言うんだ。

 心の中でガタガタと大きな音を立てて、何かがぺしゃんこに崩れるのを、確かに今、はっきりと聞いたのだ。


 ばれた。


 こんな状況でも冷静な意識がどこかに残っているだなんて驚きだ。

 しっかり立っている。

 信じられないくらい、ふんばって立ってる。

 人間って、やっぱり、すごい生き物なんだ。


「あ、あのう。……ということなんです。ご、ごめんなさい」


 わたしは遥の寝ているベッドに視線を動かした後、うな垂れるように頭を落とした。

 でも冷静だったのはここまで。

 あまりの緊張感に次の言葉が出てこないのだ。

 身体中が震えて、声にならない。


「柊。顔を上げなさい。そ、その……。どなたかは知らないけど、男の方……なのね? 」


 顔なんてもう上げられるはずがない。

 わたしは下を向いたまま、うんうんと頷く。


「突然のことで、母さんもどうしていいかわからないけど。とにかく、わけを説明してもらわないことには……」


 もちろん、ちゃんと説明する。

 わたしは今にも爆発しそうな心臓の鼓動を全身に感じながら、ゆっくりと顔を上げた。


「母さん。おばちゃん。あの……。実は、その……」


 わたしが口を開けたのとほぼ同時に、布団がもこもこと動いた。

 そして、顔を覆っていた布団を威勢よく跳ね除けた何も知らない同居人が、声高らかに叫んだ。


「あっちぃーっ! 息苦しいじゃねえか! ……ったく、柊。なんで布団なんか、かけるんだよ。まだもうちょっとゆっくりしようぜ……って。……誰? ……誰かいるのか? 」


 ベッドの上にがばっと起き上がった遥は、もちろん上半身に何も身につけていなくて。

 何度か目をこすり、二人の訪問者にピントを合わせようと眉間に皺を寄せる。

 すると、たちまち遥の表情が強張っていった。


「……はるか? 遥なの? 」


 遥と目が合った綾子おばさんが、その場に崩れ落ちるようにして、ペタンと座り込んだ。

 そして同じタイミングで、目覚まし時計が忌々しいほどの大音量で部屋中に鳴り響いていた。


読んで下さって、ありがとうございます。

毎日、こんなに大勢の方に読んでいただけるなんて、ほんとうに感謝の気持ちでいっぱいです。

遥が登場すると跳ね上がるアクセスに、これまたびっくりしています。

とうとう、とんでもない遭遇が起こってしまいました。

東京に出てきたついでに、子供の様子を覗いていこうというのは親心ですもんね。

そうそう、なんで中からチェーン掛けてないんだ? という突っ込みはナシでお願いします(汗)。

2人暮らしするようになって無用心になったんでしょうか? ス、スミマセン……。2007.11/29



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