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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
特別編1 希美香の恋
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希美香の恋 その24

「君には悪いと思ったが、うちの武本にいろいろ調べてもらったんだ。そしたらどうだ。偶然と言うか、何と言うか。私の娘家族の住んでいるところと、君の郷里が一緒だとわかったんだ。その上、孫とは出身中学も同じだ。孫と君は同学年だが、遥のことは知っていたのかな? 」

「あ、はい。存じております」


 先輩の表情が次第に厳しさを増していく。

 

「そうか。君は私の孫と知り合いにもかかわらず、それを仕事の席では一切持ち出さず、非常にスマートに我が社との商談をまとめたと言うわけだ。この点も、私の中では君への評価は高い。孫を知っているなら話は早い。今日ここに来てもらったのは、遥の妹、希美香のことで、君に話があるからなんだ」

「希美香さん……ですか。そうですね、確かに、彼には妹さんがいました。希美香さんの話とは、どんなことでしょう……」


 話の流れを薄々感じ取ったのだろう。

 先輩が怪訝そうな顔で祖父に訊ねる、


「君の隣にいるのが希美香だ。蔵野希美子などではなく、私の孫の堂野希美香だ。この子を君に頼みたいと思っている」


 大河内先輩がこっちを見た。

 その顔は、すでに色が失われているのがはっきりと見て取れる。


「希美香……さん? 蔵野さんじゃないんですか? ということは、君は、堂野の妹? 」


 先輩が隣に座る希美香を遠慮がちに窺うようにして訊ねる。

 希美香は黙って俯いたまま、小さく頷くのが精一杯だった。


 いつまでも素性を隠しておけないのはわかっていた。

 けれど、せめてプロジェクトが終了するまでは、蔵野希美子のままでいたかった。

 この瞬間、希美香の願いは、見事に砕け散ってしまった。


「うそだ。そんなはずはない。蔵野さん、それは本当ですか? あなたは本当に、堂野の妹なんですか? 」

「……はい」


 やっとのこと、声が出た。

 聞き取れないくらい小さな声だったと思う。

 喉が詰まってしまい、思うように声が出ないのだ。


「なんてことだ。あなたが、希美香さんだなんて……。だとしたら、中学生の時に、何度か話をしたことがありますよね。たしか、中学校に入学してすぐの頃。それで初めて会った気がしなかったんだ。そうか、そうだったのか……」

「大河内君。本当に申し訳ない。この子が工房で研鑽(けんさん)を積むに当たって、本音で従業員たちとぶつかっていきたいと言う物だから、偽名を使うことを許可してしまったのだよ。この子は君の知っている堂野遥の妹で、堂野希美香だ。それでだ。この子ももう二十三歳。そろそろ結婚させたいと思っている。けれど、誰でもいいというわけにはいかない。それは君も理解できると思う」

「はい……」

「結婚した暁には、夫婦でこの朝日万葉堂を支えて欲しいと思っている。大河内君。どうだろう。希美香との将来は考えられないだろうか? 」


 とうとう言ってしまった。

 こんなデリケートなことをズバズバ言ってしまう祖父が恐ろしく、決して敵うことの出来ない巨大な怪物に見える。


 ああ、大河内先輩。

 どうぞ、臆することなくご自分の意志を投じて下さい。

 私のことなど気にせず、堂々と断って下さればいいのです。


 希美香は、隣の席で黙り込んでしまった先輩に向けて、一心に念じ続けた。


「それは……。今私は、本当に驚いています。蔵野さんのことは、蔵野希美子さん以外の誰でもないと、何の疑いもなくそう信じていました。まさか、堂野君の妹だとは、思いもしませんでした」


 希美香は大河内の一言一言に深くうなづく。

 彼は本当に希美香のことを信じていてくれたのだ。


「社長、今この場で答えを出さなくてはいけないのでしょうか。考える時間をいただけませんか? 」

「もちろん、それでいい。君の人生にかかわる重大次項だからな。質問が後先になってしまったが、今現在、君に婚約者がいるとかはないかな? 」

「それはないです。蔵野……いや、希美香さんにも話していますが、恋愛は封印して、今はただ、仕事に没頭するのみと決めています」

「そうか。なら大きな障害はないというわけだ」

「はい。けれど、こんな話を社長にお聞かせしてもいいのかどうか迷いますが。実は、私と堂野君は、決して仲がいいわけではありません。というか、はっきり申し上げて、最悪な仲だと思います。彼がこの話を知ったら、黙ってはいないでしょう。希美香さんとの縁談は、全力で阻止するだろうと予測できます。それもこれも全て、私が蒔いた種の結果であると自覚しています」

「そうか、そんなにこじれているのか。まあ、同郷の男同士なら、そんなこともひとつやふたつくらいはあるだろう。それに君だけが悪いということもないと思うが……。それより、大河内君。君は、希美香のことをどう思っているのかな? 遥のことなど、この際、何も関係無いと考えてくれ。肝心なことは、大河内君と希美香の二人の気持ちだと思うのだが。君の本心が知りたい」


 祖父は途中考え込んだように見えたが、それでもすぐに笑顔に戻り、相変らずの遠慮のない物言いで真正面から対峙してくる。


「それは……。私は、嘘はつけません。失礼を承知で申し上げますが、希美香さんのことは、その、好きです。とても大事に思っています。今回プロジェクトの件で初めてお会いした時から、何か運命のようなものは感じていました。明るくて真面目で、優しい希美香さんに、瞬く間に心を奪われてしまったのはまぎれも無い事実です。けれどこれは私の一方的な思いです。希美香さんは迷惑に思っているのではないでしょうか」


 希美香は耳を疑った。

 先輩が、先輩が……。希美香を好きだと言ったのだ。

 彼女の心音は、ますます激しく拍動を繰り返す。


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