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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
特別編1 希美香の恋
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希美香の恋 その23

「おお、よく来てくれた。いや、今日は仕事のことはさておき、ちょっと君に話したいことがあってね」


 祖父はその人を満面の笑みで迎え入れ、希美香の隣の席に座るよう促した。


「いつも当社のプロジェクトにご理解ご協力いただき、ありがとうございます。あの、堂野社長、今日はどのような……」


 ご用件でしょうか、とその人が訊ねても。


「いいからいいから、まあまあ、座りなさい。そう堅くならずに」


 などと言うばかりで、彼の質問には、これっぽっちも答えようとする様子はなかった。

 忙しい仕事の合間をぬってここまでやって来た大河内先輩が、気の毒になる。

 そう、大河内先輩が……。


 大河内先輩?

 えっ? なんで、大河内先輩?


 希美香は今自分の脳内に駆け巡った恐ろしい現実に、自問自答を繰り返す。

 確かにたった今耳にした声は、先輩の声に違いない。

 けれど、この場に先輩がいること事態が想定外の出来事。

 だって、祖父はここに、見合い相手を呼んだはず……なのだから。


 どうして先輩がここにいるのだろう。

 気配。そして、その声。

 希美香にはわかる。

 それは、大河内先輩以外の誰でもないと。


「あ、あのう、大河内……さん。こんにちは」


 希美香はあわてて椅子をぎいっと後に引き、その場に立ち上がり、隣に座った先輩とおぼしき人物に敬意をこめて挨拶をした。


「ああ、蔵野さん。こんにちは。あなたもいらしていたんですね。一昨日は、いろいろとお世話になりありがとうございました」


 先輩も再び立ち上がり、希美香に向かって深々と頭を下げる。


「いえ、こちらこそ。その、いろいろとご迷惑をおかけして……」


 ベッドまでお借りしてしまって、などとはここでは言えるはずもなく。

 最後はトーンダウンして、お茶を濁してしまったのだが。


「まあ、二人とも、あいさつはそれくらいにして、そこに座りなさい」


 目尻をこれでもかというくらい垂らしてすこぶる機嫌のいい祖父が、両手を上下に動かし、改めて座るよう指示する。

 先輩を同席させて、いったいどうするつもりなんだろう。


 もしかして、見合い相手というのは、先輩の会社の同僚なのだろうか。

 祖父のことだ。それくらいのリサーチはやりかねない。

 先輩からいろいろ聞き出そうとしているのかもしれない。


 それとも、たまたま先輩の打ち合わせとかち合ってしまっただけ、とか。

 その可能性が一番高い気がする。

 こうなったら、真相を究明するのが先だ。希美香は勇気を出して訊ねてみた。


「あ、あのう、社長。今日の私の呼び出しと大河内さんは、どういった関係があるのでしょうか? 」

「見てのとおりだが? 」

「ってことは、私のこととは何も関係ないですよね? もしよかったら、私の用件より先に大河内さんとの仕事の打ち合わせを優先して下さい。私は待っていますので。どうぞ」


 どうも居心地の悪さを感じている希美香は、先に先輩との用件を片付けて欲しかった。

 見合いをすることなど、絶対に彼に知られたくないからだ。

 けれど即座に返って来た祖父の返答は、予期せぬ内容だった。


「いや、二人に話があるんだ。だから同時刻にここに呼んだ。大河内君、忙しいのにすまないね」


 祖父はさも当然だとでも言うように希美香に答える。

 そして、すました顔で先輩に謝るのだ。


「いいえ、私はいつどんな時であっても、社長のご意向であれば、すぐにこちらにお伺いいたします」


 営業マンの鑑とも言うべき回答を示した先輩は、きっと何も知らないのだ。

 希美香は叫びたくなった。

 違うの、おじいちゃんは、あなたを利用しようとしているのよと。


「では、私の話を聞いてもらおう。……いいね」


 祖父が顔を引き攣らせている希美香をじっと見て、重々しく言った。

 希美香はあまりの衝撃に息が止まりそうになった。

 いや、ほんの一瞬だけど、本当に止まってしまった。


 ないない、それはありえないでしょ。

 というか、絶対にだめだ。

 これだと、祖父が希美香に紹介する相手が、大河内先輩ということになってしまう。

 それだけは何があっても回避しなくてはいけない。


「ちょ、ちょっと待って下さい。社長、これは話が違うのではないでしょうか。あの、大河内さんとは仕事上のパートナーであって、社長が望むところの、その、例の話のお相手とは、全く違うと思うのですが」


希美香は必死になって訴えた。お願い、絶対に私の身元を明かさないでと目で懇願しながら。


「今さら、何を言ってるんだ。いい加減にしなさい。ああ、大河内君、見苦しいところを見せてしまったね。こうなる前に、前もって話ができたらよかったんだが、事態が急転してしまって、とにかくことを急ぐ必要性に迫られていてね。この子がいろいろ世話になっているようだが、どうだね、大河内君。君は、朝日万葉堂を自分の手で動かしてみようとは思わんかね? 」

「え? 」


 きょとんとした顔をした大河内先輩が、祖父の顔を不思議そうに見ている。


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