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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
特別編1 希美香の恋
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希美香の恋 その21

「蔵野さん、ちょっと、蔵野さんってば! なにぼーっとしてるのよ。計量ミスは絶対に許されないんだからね。気をつけなさい! 」


 ほんの一瞬だけ作業の手を止めた希美香に向かって、まるで鬼の首を取ったかのように前橋が声を荒らげる。

 せっかく治りかけていたのに、またもや頭痛が復活しそうになった。


「あ、すみません。気をつけます。あの、絶対に計量は間違えていません。大丈夫だと……」


 昨日、祖父に言われた見合い話が脳裏をかすめたのは事実だが、仕事だけは手を抜いていないと胸を張って言える。


「口ごたえだけは立派なんだから。ちょっとTY商事のプロジェクトに抜擢されたからって、いい気にならないでね。結局はそのしわ寄せがこっちに来てるんだってこと、忘れないで。それと、あなた、大河内さんと食事にまで行ったらしいわね。それって、ホントなの? 」

「ええ、まあ……」


 嗅覚が鋭い前橋ならではの質問だが、どうやって食事のことを嗅ぎつけたのだろう。

 大河内先輩との一件は、彼の部屋から直接出勤した昨日の朝、上司におおまかな事項は伝えている。

 ということは、船瀬主任が前橋に話したのだろうか。


「ったく、今の若い人は、これだから困るのよ。遠慮するってことを知らずに、すぐにフラフラついて行っちゃうんだから。さっき船瀬主任が、大河内さんから電話で報告を受けていたみたいで、事務所に行ったら全部聞こえちゃったのよ。プロジェクトには、ここの工房の従業員全員が、最終的にはかかわっていくのよ。なんであなただけ、そんな特別な接待を受けるわけ? 一言くらい、私たちに断りがあってもいいんじゃない? 」


 私たちというところをやけに強調しているように聞こえた。

 実際問題、どれだけの従業員が前橋と同じ感情を抱いているかは甚だ疑問だが。


「すみません、気が利かなくて……。遅くなったのもありますし、それに、突然お誘いを受けたものですから、連絡もできなくて」

「フン。どうせ、彼を独り占めしたかっただけでしょ? あなたが彼に取り入ろうとしているのはバレバレなんだから。でもまあ、あの人は、こんなお子様を相手にするような人じゃないとは思うけれど。今度また同じようなことがあったら、必ず事前報告するように。もちろん、私も同席させてもらいますから。だって、重要なことを聞き漏らしたりしたら、会社同士の信用問題にもかかわるじゃない? 朝日万葉堂に泥を塗るようなことをされたら、従業員一同、たまったもんじゃないわ。いい、わかった? 」

「……はい。わかりました。今後、気をつけます」

「本当にわかったのかどうだか……。なんか、あなたって、不気味なのよね。私がこれだけ言っても、反応がイマイチだし、何考えているのか全くわかんないし。服装なんかは、いかにも気遣ってませんって素朴な感じを装っているくせに、バッグとか、靴とか、結構いいもの持ってるし。なんか、馬鹿にされてるようで、気に入らないわ」

「すみません……」


 希美香は機械的に謝り続けるしかなかった。

 もう何を言っても言い返されるに決まっているからだ。

 バッグや靴は、祖父母が節目ごとにプレゼントしてくれたものが多い。

 この二つには彼らのポリシーがあるようで、決して華美にはならないように、けれど、素材と縫製のよいものを選びなさいと言われ続けてきた。

 母も同じ考えだ。


 それを指摘されたところで、はいわかりましたとすぐに方向性を変えられるものでもない。

 前橋とて、常にアクセサリーもバッグ類もブランド物で占められている。

 通勤の衣服に至っては、ファッション雑誌からそのまま抜け出してきたような物も多く、どうして希美香に嫉妬するのか、理由が見当らない。

 大河内先輩に取り入りたいのは、前橋さん、あなたでしょ、と言いたいのをぐっと堪え、理不尽な諍いに耐え忍ぶ。


 希美香がこの工房に配属される前までは、彼女がここで有望株だったらしく、ベテランの従業員からもかわいがられていた、ということは聞いている。

 本当だったら、自分がTY商事のプロジェクトに名を連ねるはずだったのにと思っているとしたら、前橋の執拗なまでの攻撃も納得できる。

 まだ、何か言いたいことがあるようだ。

 目をキッと吊り上げ、前橋が口を開きかけたその時、船瀬がやって来て、彼女の言葉を遮った。


「おい、蔵野。社長からTY商事のプロジェクトの件で呼び出しだ。四時に本社に出向くように」

「はい、わかりました」


 希美香の心臓がドキッと跳ねた。

 プロジェクトは隠れ蓑で、きっと夕べのあのことで呼び出されたに違いない。

 さっそく、結婚相手とやらを紹介する魂胆なのだろう。


「ちょ、ちょっと待って下さい。主任、それってどうなんですか? 蔵野さんばかり、ここの仕事を免除されてません? どうしてもこの子が行かなくちゃならないことなんですか? 私には任せられないとでも? 」


 何かを誤解した前橋が、主任に食って掛かった。

 希美香としては、そんなに社長に会いたいのなら、いつでも前橋に譲ってもいいと思っている。

 代わりに相手に会ってくれるのであれば、喜んで交代する用意はできているのだが。


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