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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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24.謎の訪問者 その1

 うーんと伸びをする。

 そしてゆっくりと目を開けると、部屋の中がすっかり明るくなっているのに気付いた。

 カーテンの合わせ目のわずかなすき間から日が射し込んでいるのだ。

 まぶしかったのはそのせいだ。

 ちゃんと閉めたつもりだったのに、いつの間に開いてしまったのだろう。

 それとも、夕べからすでに開いたままだったのだろうか。


 アパートには雨戸が設置されていないので、カーテンの閉め忘れは、即、睡眠妨害につながる。

 一人暮らしの時は慎重すぎるくらい戸締りもカーテンの締め具合もきっちり確認して眠っていたのに、遥が一緒だと気が緩むのか、窓の鍵もかけ忘れることがある。

 まだもう少し寝ていたかったのにと思い、自分の至らなさを悔いる。


 六月の朝は、随分早いうちから明るくなる。

 今何時なのだろう。

 学校に行く時刻はまだだろうと思いながらも、念のため目覚まし時計を手に取った。


 まだ、十時だ。

 なんだ、十時か……。

 そっか、じゅう……じなんだ…………。


 えっ? う、うそ! 

 それって、一大事だ。

 それとも見間違えたのだろうか。

 時計のデジタル表示をもう一度見て時刻を確認し、ベッドの上に猛スピードで起き上がった。

 目覚まし時計のセットも忘れていたようだ。

 寝ぼけていた頭もいっきにクリアになる。

 これは大変だ。カーテンのすき間に感謝しなくてはならない。


「はーるーかー! 起きて! 大変、十時だよ! 」


 大声を出しながら、隣でのん気に寝息を立てている同居人を揺すぶった。


「……なんだよー。朝っぱらから、るっせーなあ。ううう……ねむっ」


 目を閉じたままわずかばかり上半身を起こして不機嫌な声を出す遥は、またすぐに頭を枕に預け、くたっと寝てしまった。


「ちょっと遥。起きてってば! もうすぐ二限目が始まっちゃう。遅刻するよ! 」


 仕事がない時くらいきちんと学校に行かなければ、単位が取れなくなる。

 わたしは心を鬼にして、遥をぐいぐいと揺さぶり続けた。


「痛ってえーなー! 柊、いい加減にしてくれよ」

「だって、時間がないんだもの。起きてよー! お願いだから。ね、遥、起きてってばー! 」

「柊、やめろよ。ったく、もう。今日の講義は、昼からだって。前に言っただろ? 教授が学会でヨーロッパに行ってて、休講なんだ。柊も昼からなんだし、まだもう少し寝ようよ……」


 あっ。そういえばそんなこと言ってたっけ? 

 なんだそうだったのかとほっと胸を撫で下ろし、遥とお揃いのストライプのカバーをかけた枕めがけて、パタンと倒れこんだ。

 ああ、心臓に悪いよ。全く。


「遥、ごめんね。勘違いしちゃったみたい」

「ああ、そうだな……。まだ、だいじょうぶ……だ……」


 もにゃもにゃと何かをつぶやきながら寝返りを打った遥は、わたしを横から抱きしめると、再び規則正しい寝息を漏らし始める。

 家を十二時過ぎに出れば間に合うから、あと一時間はこうしていても大丈夫だ。

 学校に行く前に掃除や洗濯を済ませてしまいたいのをグッと堪えて、疲れている遥のために、わたしも彼の腕の中でまどろんでいようと決めた。

 

 初夏の陽射しは柔らかく、エアコンのタイマーが切れた室内は少しむっとして汗ばむけれど、タオル地のシーツがサラッとして肌に心地いい。

 もう一度エアコンをつけて、目覚まし時計も一時間後に鳴るように設定した。

 これで大丈夫だ。


 あれから少しウトウトと眠りの淵をうろついていたのだろうか。

 玄関のチャイムが鳴ったような気がしたが……。

 オートロックなどといったおしゃれな設備は整っていないこのアパートには、家族で暮している住人も多い。

 こうやって朝っぱらから、ありとあらゆる訪問者達がやってくる。

 牛乳の宅配はいかがですかとか、換気扇のフィルターはどこのをお使いでしょうかとか、近隣での会合のお知らせに、はたまた隣に住む子供の友達とおぼしきかわいらしいお客様まで、あそぼ、と間違えて声をかけてくる。

 実家からの宅配便なら、事前に母が知らせてくれるはずだ。

 ということは……。

 どうせ何かの勧誘だろうと、もう一度鳴ったチャイムも無視して、寝ている遥にしがみついた。


 すると今度は、鍵穴をガチャガチャと回す音が聞こえてくる。

 ま、まさか、泥棒? 

 学生が住んでいると目星をつけていて、外出中を狙った空き巣がやって来たのかもしれない。

 わたしは息を潜めながらもこっそりと薄目をあけ、気配を窺う。

 へたに騒ぎ立てて、泥棒の気分を逆なでするようなことがあってはならない。

 落ち着け。落ち着くんだ。どうせここには、何も取るものなどない。

 いざとなれば遥が盾になってくれるだろう。

 そして敵はすぐに尻尾を巻いて退散するに決まっている、などと勝手な推測を思い描きながら、台所の向こうにある玄関を見た。


 すると間もなくドアが開き、襖を開けたままにしている和室に向かって、すっと光が入り込んだ。

 なんてことだろう。

 本当に不審者が侵入してきたではないか。

 思わず手に汗握る恐怖の鉢合わせの瞬間がやってくる。

 そうだ、隣に無防備に横たわる同居人を起こさなければ。

 ところが、彼を起こそうにも、恐怖のあまり体が動かない。

 どうすればいいのだろうか。

 もうこうなったら、寝たふりをするしかない。

 何も知りませんよ、気付いていませんよ、と全身で訴えながら息をひそめる。


 ところが、空き巣にしては落ち着いた動きを見せる二つの人影が、何やらなごやかな空気をまといながら、ごそごそと靴を脱ぎ始めた。

 律儀な空き巣もいるもんだ。


「柊……。いないの? もう学校に行っちゃったのかしらね。勝手におじゃまするわよ……」


 突然わたしの名前を呼んだ人影が、臆することなく台所に入って来たのだ。

 わたしはむくっと上半身を起こし、その見覚えのある人物にしばし釘付けになった。


「か、母さん……。それに、おばちゃんも? 」


 わたしが起き上がった気配に気付いたのか、二人の訪問者は無遠慮にベッドが置いてある和室につかつかと近寄って来た。



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