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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
特別編1 希美香の恋
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希美香の恋 その11

「いやね、蔵野さんにこんなことを話してもいいのか迷うところなんですが、この先、多分避けられないことなので、カミングアウトさせていただきますね」


 流れに合わせ、順調に車を走らせている先輩が、何やら意味ありげなことを言い放った。

 いったい何を宣言すると言うのだろう。希美香の心臓がまたもや早鐘を打つ。


「実は私、朝日万葉堂の社長の孫にあたる人物と、知り合いなんです」 

「そうなんですか」


 反射的にありきたりな返事をした直後に、全身が凍りついた。

 ヒ、ヒャーー! ヤバイ、ヤバすぎる。

 社長の孫って、兄以外に誰がいるというのだろう。

 まだ小学生の弟はどう考えても問題外だ。

 堂野遥以外、思い当たらなかった。


 一番恐れていた話題がこんなにも早く希美香の前に立ちはだかるだなんて、世も末だ。

 心臓は早鐘どころか、バクバクと暴れ狂い、変な汗が身体中から噴出してくる。

 まさしく生き地獄だ。


「蔵野さんは、社長の孫にあたる人に会ったことはありますか? 」

「え? あ、その。多分、会ったこと、ない、です」


 もう何が何だかわからない。

 会ったことがあると言った方がよかったのか、ないと言った今の答えの方がふさわしいのか。

 が、しかし、そんなことより何より。

 今までは、兄の整った顔立ちがうらやましくて、どうして兄のような顔で生まれなかったのだろうと、日々悔やんでいたのだが。

 ところが、今日ほど兄と似てなくてよかったと思った日はない。

 兄は体型こそ父親に似ているが、顔は誰が見ても母親にそっくりで、希美香は父親と瓜二つだったのだ。


「そうですか。会ったことがないのですね。じゃあ、彼は、朝日万葉堂は継がないのかな……」

「さあ、よくわかりませんが」


 希美香は引き攣った顔をみられないように、反対側を向きながら、すっとぼけた返事を続けた。


「あ、失礼しました。蔵野さんにこんなことを聞く方が、どうかしていますよね。彼は、テレビ局勤務なので、相当忙しそうですし、家業を手伝う暇なんてないはずですから」


 さて、ここでどんな会話を続けるのがベストなのだろうか。

 希美香は高速で思考を回転させ、この場に最もふさわしい受け答えを導き出した。


「へえーー。テレビ局に勤めていらっしゃるんですか。アナウンサーですかね? でもまあ、私たち従業員には、そんなお孫さんのことなんて、全く関係ないですからね」


 どうだろう。かなりいい線いってると思うのだが。

 希美香は緊張感の中に身を置きながらも、自分の切り替えしのうまさに、ほんの少し満足な気分を味わっていた。


「そうですね。あなたには関係ないことかもしれませんね。ただ、私と彼は知り合いであることは確かなのですが、実は、あまり仲はよくないのです。中学時代からいろいろありまして。なので、この仕事を言い渡された時、正直、素直に引き受けることは出来なかったのです。それと彼はアナウンサーではありません。表には出ない部署のようです」

「そ、そうですか……」


 律儀にすべてを答えてくれる先輩に対して何か悪いことをしているような気分になる。

 いや、実際、嘘をついているわけだし、充分に失礼極まりないことをしている。

 そして、兄とは中学時代からいろいろあったとまで言っている。

 それはきっと、姉を挟んでのトラブルのことだろう。

 中学生の頃、姉の家に突如先輩が遊びに来て大騒ぎになったことがあった。

 そして極力思い出さないようにしているが、姉はこの人とロスで付き合っていたのだ。

 事実は変えられない。


「でも上司の命令は絶対なんです。別の和菓子屋との交渉を希望してみましたが、本社の上司は朝日万葉堂以外は考えられないと一歩も譲らず、他ではだめだと言い切るのです。私も、根負けしてしまいました。でも確かに、朝日万葉堂さんの和菓子は秀逸であるという点で、上司とは意見が一致したのです」

「秀逸だなんて。光栄……です」

「本当に、おいしいです。世界中の人に食べてもらいたいと、心からそう思っています」

「あ、ありがとうございます」

「で、社長はまだ、私と彼とのつながりには気付いていらっしゃらないようですが、私の海外勤務先の上司と社長が親戚関係だと聞いているので、時間の問題で堂野君の耳にも入ると思うんです。その時、私をよく思わない彼が社長に働きかけて、私がこの仕事から外されるという可能性もなきにしもあらず、ということなんです」

「えっ……」

「驚かせてしまいましたね。蔵野さん、申し訳ありません。私としては、引き受けた以上は、最後までこの仕事をやり遂げたいと思っています。しかし、途中降板という、最悪の事態も想定していただいた方がいいと思いまして、蔵野さんにこのような話をしました」

「あ……はい……」


 大河内先輩はフロントガラスの正面を見据え、眉ひとつ動かさずにひたすら南西方向に車を走らせ続けた。


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