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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
特別編1 希美香の恋
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希美香の恋 その10

「蔵野さん、大丈夫ですか? 今日は、かなり歩きましたからね。疲れたでしょ? 」

「あれくらい、平気ですよ」


 希美香は足の小指に豆が出来たことなどおくびにも出さず、にっこりと笑顔で答えた。


 大河内先輩に突然連れて行かれた場所は、上野、浅草界隈だった。

 外国人観光客が行きそうなところをひたすら歩いて回り、彼らがどのような物を好んで食べているのかをリサーチしていたのだ。

 実際に自分の目で見て耳で聞いて、彼らの好みを探るというのが大河内先輩のやり方だ。

 流暢(りゅうちょう)な英語を駆使し、人形焼をほおばる観光客に臆することなく話しかけるのにも驚いた。


 前向きに仕事に臨む先輩の姿を目の当たりにした希美香の心臓は、不謹慎にもドキドキと大暴れを始める。

 あまりにもカッコよくて、素敵すぎる先輩をついうっとりと羨望の眼差しで眺めてしまいそうになるのをどうにか抑え、今は仕事中なのだと言い聞かせ浮ついた自分を戒める。

 その後成田に向かい、帰国間際の、あるいは到着してすぐの海外からの来訪者たちが、日本ならではの物をどのように食べどんな表情をするのか、つぶさに見て回った。


 彼らは器用にはしを使い、和食や麺類なども食べていた。

 餡子類の菓子も満足そうに口に運ぶ。

 これなら希美香が手がける和洋折衷の創作和菓子も、充分に海を渡っていけるのではないかと、期待に胸を膨らませた先輩とのひと時だった。


 成田からの帰り道、社用車を運転している先輩の隣に座り、今日の成果を語り合っていたところ、彼の口から希美香の身体を気遣うさっきの言葉が発せられたのだ。

 先輩も疲れているのは一緒だ。なのに、なんて優しいのだろう。

 ますます大河内先輩への尊敬とあこがれの気持ちが高まるばかりだ。


「そうですか。それならよかったです。つい仕事に夢中になってしまって、蔵野さんも一緒だと言うのに、私のペースで突っ走ってしまったような気がして。反省しています」

「そんな、反省だなんて。私は普段、仕事中もずっと立ちっぱなしだし、子どものころから足だけは(きた)えているので、これくらいでへこたれることはまずないです。元気で丈夫なことだけが、とりえなんで」


 と言いつつも、やっぱり足の小指がズキズキと痛む。

 でも先輩と一緒に居れば、そんな痛みも吹っ飛んで忘れてしまうような気がした。


「あははは。頼もしいですね。子どもの頃から足を鍛えてるって、すごいですね。何かスポーツをしていたのですか? 」

「あ、いや……。そんなことは、ないですけど。自然と鍛えられたっていうか、そんな感じで……」


 ついつい先輩の優しさに乗せられて、自分の立場を見失ってしまいそうになる。

 実家が丘の上にあって、坂道で鍛えられただなんて言おうものなら、何かの拍子に先輩の記憶がよみがえり、素性がばれてしまう可能性だって否めない。

 危ない危ない。ここはお茶を濁しておくに限る。

 あいまいに。そして別の話題に切り替えて……。


「じゃあ、蔵野さんの家が、山の上にあるとか。そこを上り下りしていたら自然と鍛えられますよね? それか、駅から家までの道のりをバスを使わずに歩いていた、とか」


 ドキーーーーン! 先輩は、すでに真実に気付いてしまったのだろうか。

 山の上に家があります、駅からバスは使いません。

 ああ、どうしよう。

 先輩の予測がピタッと当てはまる。

 大変なことになった。絶体絶命の大ピンチがこんなにも早く希美香の身に降りかかるだなんて。

 顔面蒼白になっているのはもう間違いない。


「あ、蔵野さん、すみません。何か失礼なことを言ってしまいましたか? 」

「え? あ、いや、別に何もありません。そ、そうですね。坂があれば、鍛えられますね。そういえば、実家のあたり、ちょっとだけ坂があったかな? あのう、それと、学校まで結構遠くて、多分それで足が強くなったのだと思います」


 もうパニック状態寸前まで追いやられた希美香は、焦るあまり、自分が何をしゃべっているのかもわからない。


「そうですか。私の実家のあたりも自然豊かなところで、坂が多かったですよ。同級生もそんなところに住んでいたな……」


 大河内先輩、どうしてそんな話に……。

 一番避けたかった実家トークが、予想外に盛り上がりを見せていることに不安がよぎる。

 非常に危険な状況だが、乗り切るしかない。


「それに、蔵野さん。時々イントネーションが関西なまりですよね。ご出身はそちらの方ですか? 」

「へ? あ、ああ。いや、そうじゃないんですけど。あの、父親が関西の出身で、多分、その影響かと……」

「そうですか。実は私も関西出身なんですよ。うちの場合、両親が共に関東人なもので、ある意味バイリンガルですね。でも時々、関西なまりが出てしまいます」

「そ、そうですか。あははは」


 これ以上突っ込まれると、素性を隠し通せる自信はない。

 まさか言葉のイントネーションで見破られるとはうかつだった。

 自分では完璧な標準語を話しているつもりだったのに……。


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