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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
特別編1 希美香の恋
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希美香の恋 その8

「……蔵野さん。蔵野さん? 」


 もう、いったい何なの? 

 今忙しいんだから、話しかけないで……。


 そして再び、和菓子作りに戻る。

 ()でて裏ごしした小豆と砂糖を火にかけて混ぜて煉り、こし(あん)を作る。

 それを丸めて薄皮で包み、蒸す。


 薯蕷(じょうよう)(上用)まんじゅうは希美香の勤める工房のメイン商品にもなっている。

 いくつ丸めたのだろうか。

 大きさのそろった団子状の餡が、大きなパットの上に次々と行儀よく列をなす。


 ところが、何個丸めても、大きなボールの中のこし餡が無くならない。

 それどころか逆に増えていくように見えるのだ。

 こんなんじゃ、また主任や前橋に文句を言われる。


 さらにスピードアップして、超高速回転でくるくると丸めるのだが、減っていくはずのこし餡が、どんどん山盛りになって希美香に迫ってくる。

 いつしか彼女の背丈を追い越し、それは天井までも届く勢いで、餡子(あんこ)魔人と化す。

 ジャックと豆の木さながらに天を貫いていく様子は、もう圧巻だとしか言いようが無い。

 これはいったい……。


 希美香は目を開けた瞬間、ビクッとして立ち上がった。

 ここは、いつもの公園で、そして、相変らず連日の快晴続きの空の下で。

 少し冷たく感じる風が希美香の頬を優しくかすめる。


 腕時計を見て、ほっとしてもう一度ベンチに座った。

 仕事に戻るまで、まだ少し時間がある。


 ついさっきまで希美香は、このベンチに座って先日の壮大なるプロジェクトについて考えていた。

 ひょっこり現れたなつかしい大河内先輩が我が工房に持ちかけてきたあの案件だ。

 どのような物を作ればいいのかいろいろシミュレーションをしているうちに、うとうととまどろんでしまったようだ。

 危なかった。餡子魔人はまどろみの中の幻想だったのだ。

 このまま本当に眠ってしまったら、と考えただけでぞっとする。


 ここで休憩しているのが前橋に知られている以上、遅れて工房に戻った日には、もう二度と外で休めなくなる。

 あの暗くて狭い、息の詰まりそうな休憩室に閉じ込められるのがおちだ。


 ああ、よかった、命拾いした……と胸に手をあて、ふうっと息をはいていると、すぐ近くから笑い声が聞こえるのだ。

 それはとても小さな声で、でも確かに笑っているような声の振動がこちらに伝わる。

 意識がクリアになるにつれ、それがすぐ隣から聞こえてくることに気付いた。


 そして、横を見ると。

 なぜか大河内先輩がベンチの端に座って、肩を震わせていた。


「大河内、さん……」


 希美香は驚きのあまり、声が上ずってしまった。

 ということは、今ベンチでうたた寝をしているところを彼に見られたのだろうか。

 先輩の様子からすると、もう百パーセント、見られているのは明らかだ。

 にしても、なぜ? どうして大河内先輩がここにいるの?


「あのう、私、ちょっと寝てしまったみたいで」


 きっと、真っ赤な顔になっているに違いない。

 希美香は先輩から顔をそむけながらつぶやくように言った。


「ああ、そうみたいですね。ククク……。ごめんなさい。もしかしたら、またここにいらっしゃるかなと思って来てみたのですが。やっぱり、いましたね」


 そんなに笑うほど、変な顔をしていたのだろうか。

 希美香はこの場からすぐにでも逃げたくなった。


「すみません。こんなところ、大河内さんに見られちゃって。ホント、恥ずかしいです」

「恥ずかしくなんてないですよ。大丈夫です」

「いや、やっぱ、恥ずかしいです。口とか、ぽかんと開けてませんでしたか? 」

「いいえ。うつむいていらしたので、誰からも見えませんよ。ええ、見てません」

「そうですか。なら、よかった」


 って、別に良くは無いのだけど、最悪の醜態だけはさらしていなかったようなので少し安心した。


「でも、僕は心配です」

「え? 」


 急に真顔になった先輩がそんなことを言う。

 何が心配なのだろう。

 ああ、そうか。

 やっぱり、寝過ごして仕事に支障がでるだろうことが心配に違いない。



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