225.こんぺいとう その4 (本編完結)
「はん、あいつしかいないだろ? 俺の無視をいいことに、俺にすがってくるどころか、大河内と仲良くなったよな? そっちのクラスに偵察に行くたび、あいつと何か話していて、楽しそうにしている俺の柊がいた。初めて目にした時、俺がどんな気持ちになったか、おまえにわかるか? 密かに怒り狂った俺は、何度二人の仲をぶち壊してやろうかと思ったことか。マジでキツかったな、あの頃は……」
「そうだったんだ……。 わたしはてっきり遥に嫌われてるのかと思ってた。いつも無視されて辛かったし、なんか嫌な感じだった」
「柊の言うとおり、どんどん嫌な人間になっていく自分に限界を感じたのもあの頃だった。それで潔く作戦失敗を認めて、次は遠くから見守る作戦に移行することにしたんだ」
「遠くから見守るって……」
お互いこんなに近くに住んでいながら遠くから見守る作戦だなんて、最初から矛盾しまくりな気がするのは、わたしだけ?
「そしたらどうだ。あいつも同じ作戦なんだよ。俺が柊を見てると、あいつも見ているんだ。そして絶妙なタイミングで柊にフォローを入れる。なんてやつなんだと悔しさで歯ぎしりする毎日だった」
そんな意味不明な作戦なんて、正直恐怖すら感じてしまう。
「なんか、その時の遥って、ストーカーみたいでちょっと怖い気がする。でもまあ、当時のわたしは何も気付かなかったから、遥も大河内君も、節度は守っていたってことだよね」
「あたりまえだろ。悪質なストーカーと一緒にするな。あくまでもおまえのナイトに徹していたんだからな。でも俺には大河内にはない親戚特権があった。わざと辞書を忘れて、あいつの見てる前で柊に借りたり、弁当や体操服を届けてもらったり、それはそれは血のにじむような努力を日々惜しまず続けていたんだ」
「ええっ! そうだったの? 遥ったら、てっきりテレビの見過ぎで夜更かしばかりするから、忘れ物が多くなったんだと思ってた。でも、ここで結婚の約束をしたあとは、忘れ物がピタッと無くなったよね。そっか、そうだったんだ。なるほどねえ。中学生、堂野遥君は、あの手この手でわたしを振り向かせようとがんばってくれていたんだ」
「そういうことだ。だから、柊に好きだと言われた時、努力が報われて良かったな……と、そう思っていた」
な、なに? その得意げな顔は。
でも、悪いんだけど、わたしが遥を好きになったのはそんな簡単な理由だけじゃない。
「ねえ、遥。せっかく血のにじむような努力を積み重ねてくれて、本当にありがたかったんだけれど……。どの作戦も、わたしには効かなかったと思うんだ。だって、わたしが遥のことが好きだって気付いたのは、川田さんのおかげなんだもの」
「はあ? なんで、ここで川田なわけ? なんだよ、それ。俺って、めちゃくちゃかわいそうじゃないですか。あの頃の努力はすべて無駄だったって言うのか? いくらなんでも、そりゃないだろう……」
まあ、しょぼくれないで、最後までわたしの話を聞いて欲しい。
「ふふふ、忘れもしない、中二のクリスマス会の夜。あの時……」
「あの時、どうしたんだ。何があったんだ? 俺がモテまくっていたあの頃……だよな? 」
「はいはい、モテてました。クラスメイトや後輩や、そうそう先輩なんかにもね。遥が思っている以上にモテてたと思うよ。で、あの日に……」
悔しいけど、当時の遥が超絶な人気を博していたのは隠しようのない事実だから、モテていたのは認めざるを得ない。
「あの日、に? 」
「うん、あの日に。……えへへへ。それ以上は、ないしょ! 」
簡単に教えるなんて、もったいない。
「内緒だって? こいつ、騙したな。言えよ、何があったんだよ。川田に何か言われたんだろ? 」
立ち上がった遥がわたしの頭をくしゃっとかきまぜた。
「んもう、やめてよ。せっかく朝早くからアイロンでセットしたのに。十年前の仕返しなんだから。だから内緒。また今度教えてあげるね」
「仕返し? 俺、なんか柊に悪いことした? わけがわからん」
そうだよ、仕返しだよ。
ちっとも好きだと言ってくれなくて、付き合って下さいとも言ってくれなくて。
それでも結婚しようだなんてとんでもないことを言って、わたしを十年間もあなたのとりこにさせた事への、し、か、え、し。
今までのわたしたちだったら、ここで追いかけっこになるんだろうけど、もうそんなことはしなくてもいい。
だって続きを教えると言ったところで、そんなに驚くような事実が隠されているわけでもない。
川田さんが遥を好きだと知ったとたん、遥を誰にも取られたくないと思った……。
ただそれだけのことだ。
わたしは、遥が差し出した手につかまり、立ち上がった。
そして、横に寄り添い、彼の腕に頭をもたせ掛ける。
「ったく、おまえってやつは……」
と言いながらも、わたしの肩に腕を回してそっと抱き寄せてくれる。
あの頃は、横を見ればもう少し近い位置に遥の顔があったけど、今は少し上の方にある。
でもその横顔は、あの時のままだ。
プロポーズをしてくれた時と同じ目をして、わたしたちの前にある栗の木を見上げている。
「柊と出会えてよかった」
遥が栗の木に向かってそう言った。
「わたしも遥と出会えてよかった」
わたしも栗の木に向かってそう言った。
「二人で、いや、もうすぐ出会える子どもたちも一緒に、ここを守っていこうな」
「うん。家族みんなでここを守っていく」
そうだね。これからもこうやって生きていこうね。
お互い手を取り合って、ぬくもりを感じ合って、近くに近くに心を寄せ合って……。
そして、ずっとあなたのそばにいる。
誰になんと言われようとも、遥にしがみついて、絶対に離れない。
それと、声に出しては言わないけれど、遥の子どもの頃の努力は決して無駄じゃ無かった。
だって川田さんは、わたしが遥を好きだと思う気持ちに気付かせてくれただけだもの。
遥がわたしにちょっかい出して、無視して、見守ってくれたから、いつの間にかあなたのことがこんなにも大好きになったのだと思う。
あたり一面、栗のイガだらけ。
そこはまるで、栗星が集まった天の川のようだ。
来年はこの天の川を、三人で渡ることになるのだろう。
太陽の光が反射して虹色に光った時、こんぺいとうが七つの音を立てて、はじけとんだように見えた。
了
長きにわたり、こんぺいとう及び、続こんぺいとうを読んでいただきありがとうございました。
今回をもちまして、続こんぺいとう本編は完結いたしました。
ここまで続けてこれたのも、読んで下さった皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。
特別編として、主人公以外の視点からのサイドストーリーをお届けできたらいいなと思っています。
また小説家になろう内で更新を見かけたらお立ち寄りいただけると嬉しいです。