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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第七章 あかし
222/269

222.こんぺいとう その1 


こんぺいとう(その1~その4)をもちまして、続こんぺいとう本編は完結いたします。

長い間読んでいただき、ありがとうございました。

 あんなに暑かった夏もいつしか終わりを告げ、季節は足早に過ぎ去っていく。

 まさしくその表現がしっくりとくる秋の日、少し膨らんだお腹を抱えて、遥と一緒に実家の裏山に登っていた。


 こんな身体でなんて無謀(むぼう)なことを、と思われるかもしれないけど、おばあちゃんも母も、臨月になるまで、この山を行き来していたというから、そんなに神経質になることもないのだろう。

 もちろんおばあちゃんには山に登るなどとんでもないと止められたし、母にいたっては、家から一歩出るたびに心配そうな顔をするので、迷うことなく今日のミニ登山は事後報告することに決めた。

 担当医からも順調だと太鼓判を押され、悪阻(つわり)もおさまった今では、外の風に当たるのが心地よく、いい気分転換になっている。


 ここは山と言うより、なだらかな丘陵と言った方がいいかもしれない。

 栗の木が植えてある中腹あたりを目指し、表側の緩やかな斜面をゆっくりと登って行く。

 まだ若いすすきの穂が、波のようにうねりながら下から上へ、左から右へと群れを成して揺れる。

 黄金色の波だ。


 立ち止まって、秋の風を草の香りごとお腹いっぱいに吸い込んだ。

 遥が笑う。

 そんな遥を見て、わたしも笑った。



 昨日は、親族だけを招いて結婚式とささやかな披露宴を行なった。

 村のはずれにある氏神様が祭られた神社で式を挙げ、その後の披露宴は、自宅の和室を二間繋げて仕出し膳を並べ、食事会という形を取った。

 父の姉に当たる二人のおばさんと、その旦那さんたち。そして、母の従兄弟が三人。

 東京からは遥の祖父母と希美香がやって来た。

 その他の招待客は、今は亡き蔵城のおじいさんたちの甥とか、親族の嫁ぎ先のなんとかとか……。

 おばあちゃんがいなくなれば、誰も繋がりを説明できないんじゃないかと思えるような遠い親戚も含め、総勢三十人ほどが集まってくれた。


 わかりやすく言えば、いつもの法事で集まるメンバーが、慶びごとで勢ぞろいしたと言うことになる。

 アメリカからは規子(のりこ)姉さんがわざわざ駆けつけてくれた。

 祐太兄さんは後ろ髪を引かれる思いで、仕事のために自宅に残ったと教えてくれる。

 三人で旅行に行った時の写真を眺めては、涙を浮かべているとも言っていた。


 そして、わたしの耳元でこっそりとこんなことまで教えてくれた。

 大河内のことだ。

 彼は夏に一時帰国したあと、またロスに戻り、より精力的に仕事に励んでいる……と。

 ほんの数ヶ月だったとはいえ、生涯を共にとまで思った相手だ。

 愛はまだ充分に育ってはいなかったが、好きだと思う気持ちはあったと思う。

 あんな形で最後を迎えてしまった今となっては、彼の本当の気持ちを問いただすすべもなく、規子姉さんの言葉だけが唯一のその後の彼の手がかりになる。


 大河内も遥と似ている部分がある。

 卒なくスマートに生きているようにも見えるが、不器用な面がたまに顔を覗かせることもあった。

 それらもすべて含めて、大河内という人物を形作っていたのだ。

 わたしと別れたからと言って、すぐにしぐれさんと前のように元通りにと言う程、変わり身が早いとも思えない。

 それにしぐれさんが彼を受け入れるかどうかもわからないのだ。


 何となくだが、しぐれさんはもう次のステップに進み始めているような気がする。

 同じ女性として、しぐれさんの気持ちが手に取るようにわかるのだ。


 帰国して何があったのかは今となっては知る由もない。

 大河内も仕事に打ち込むことで徐々に本来の自分を取り戻し、新たなスタートへの足がかりを作っているのかもしれない。

 たとえわずかな期間であっても、大河内から注いでもらった愛情は、本物だったと思いたい。

 わたしはあの時の自分に、決して目をそむけたりしないつもりだ。

 彼と会っていた時、心から笑顔になれる日もあったのだから。


 そして、大河内の存在が、あろうことかより一層遥への想いを募らせる結果になり、わたし自身のあるべき姿を思い起こさせてくれた。

 人生を一緒に歩む相手は、大河内ではなかったのだと。



 宴もたけなわ、空のビール瓶が数えられないほど部屋のあちこちに散乱し出した頃、皆が一様に口にしたことがある。

 蔵城家はこの先どうなるのか……と。

 わたしが堂野姓になってしまったため、蔵城姓を継ぐ直系の者がいなくなってしまった。

 東京の堂野のおじいさんは、なんだか居たたまれないような顔をして小さくなっていたけれど、遥が将来はこっちに戻って来て、今までどおり家も土地も守っていくときっぱり言いきったので、しぶしぶながらも一同は納得したようだった。


 希美香は調理専門学校で製菓を学んだ後、朝日万葉堂で一従業員として働いている。

 将来は洋菓子部門も強化したいという夢を描きながら、創作和菓子の分野で孤軍奮闘しているのだそうだ。

 それと、他の従業員に特別扱いをされるのを極端に嫌がる彼女は、偽名を使って働いているらしい。

 その名も蔵野希美子。

 蔵城と堂野をミックスしたらいい感じの名前が出来上がったと、とても満足そうに説明してくれた。

 おじいさんや親戚の人たちは大反対だったようだけど、どうしてもと言う彼女の願いを堂野のおばあさんが聞き入れてくれて、新米従業員として修行に励んでいるということだ。

 サスペンスドラマも真っ青な予測不可能な展開に、希美香らしさを感じる。


 そんな希美香から、お姉ちゃんの白無垢姿、すっごくきれいだよと言ってもらい、とても嬉しかった。

 ようやく本当の姉妹になれたのだと思うと、感無量だ。

 姉妹のいないわたしは、遥との結婚によって、念願の妹と弟が出来た。

 弟の(すぐる)は、わたしと遥の子供になりたいと小さい頃から言い続けているので、お腹の中の子供と合わせて、一度に二人の子持ちになってしまったというわけなのだが……。


 喜美香と子どもの頃に遊んだことや、生れたばかりの卓を抱っこして胸がいっぱいになったことなどを思い出すと、式の間中こらえていた涙がとめどなく流れ、その後の化粧直しにたっぷり十五分もかかってしまったのには、遥も苦笑いを隠せない様子だった。


 二人の父たちもとても陽気で、集まってくれた皆にビールを注いで回り、わたしと遥を今後ともよろしくお願いしますと頭を下げてくれた。

 二人の母たちは、時々涙を拭いながらも笑顔で、常にわたしの体調を気遣ってくれた。

 おばあちゃんは卓の相手をしながら、来てくださった方たちに失礼がないかと最後まで気にかけている。

 家族の支えがあって今日の日が迎えられたことを、決して忘れてはいけないと思った。

 わたしと遥が今以上に幸せになることが家族のみんなへの感謝の気持ちであり恩返しになるのだと、心にしっかりと刻み付けた。


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