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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第七章 あかし
220/269

220.特別編 まさか…… その3


いつも読んでいただき、ありがとうございます。


続こんぺいとう 16.謎の訪問者、17.二人の母の場面のサイドストーリーになります。



「ここよ」


 ようやくたどり着いた柊の部屋の前に立ち、後からついて来た綾子さんに、意気揚々とドアを指し示した。


「柊ちゃん、いるかしら? 」


 綾子さんが心配そうに言う。


「どうかしら。午後の講義がある時は十二時過ぎにここを出るって言ってたから、まだ中にいるはずなんだけど。それか、もうすでに大学に行ってるかもしれないし」


 どうかまだ家にいますように……と願いながらドアの横にあるチャイムボタンを押した。

 ところが何も応答がない。


「あら、いないのかしら? 」


 ドアに耳を近づけてみても、物音ひとつ聞こえない。

 気を取り直してもう一度押してみた。

 けれどさっきと同じで何も変化がない。


「やっぱりいないみたいね。きっと大学に行ったんだわ。綾子さん、ちょっと待ってね」


 私はカバンの内ポケットから預かっている鍵を取り出すと、右へ左へと慣れない鍵をガチャガチャと動かし、なんとかドアを開けた。

 部屋の中は薄暗く、すーっと冷気が漏れてきた。

 ということはエアコンを切ってからあまり時間が経っていないのだろう。

 もう少し早く着いていれば柊に会えたかもしれないと思うと、残念な気持ちになる。

 いろいろな想いが脳裏をめぐる中、くつを脱ぎ、遠慮がちに部屋に入った。


「柊……。いないの? もう学校に行っちゃったのかしらね。勝手におじゃまするわよ……」


 誰もいない空間に向かって、一応そんなことを言ってみる。

 いくら実の娘の家であっても、最小限の礼儀はわきまえないとね。


 すると台所の奥にある部屋で人影が動いたような気がした。

 まさかとは思うけど。ど、泥棒? 私も綾子さんも一瞬身構えた。


「か、母さん……。それに、おばちゃんも? 」


 聞き覚えのある声が薄明かりの中から発せられる。


「あら、柊。いるんじゃない! いやだ。まだ寝てたの? 今何時だと思ってるのかしら。ほんとにこの子ったら」


 その人影のシルエットが娘であるとわかると、急に全身の力がぬける。

 泥棒じゃなくて本当によかった。

 明るい外から急に中に入ったので、目が暗がりに慣れずよく見えなかったのだ。

 それにしてもまだ寝てただなんて、学生の身分はのん気でうらやましい。


「い、いらっしゃい……」


 掛け布団を直しているのだろうか。

 にしても、どことなく柊の様子に違和感があるのはどうしてだろう。

 それに、前に来た時と部屋の雰囲気が違うような気がするのだが……。


「返事がないから、もらってた合鍵使っちゃったわよ。実は今日ね、綾子さんのご実家に用があって。それで早めに新幹線に乗って来たんだけど。先に柊のところに寄らないと、学校に行っちゃうと思って。間に合ってよかったわ……」


 これ以上は立ち入らないでとでも言うように、私の前に不自然に立ちはだかる柊に、ここに来ることになった経緯をかいつまんで話した。

 やっぱり何かが違う。

 いくら久しぶりに会ったからと言っても、娘の異変に気付かない親はいない。


「どうしたの? ねえ、柊。どこか具合でも悪いの? 顔色が悪いわ」


 風邪でもひいたのだろうか。

 それとも、寝る間も惜しんで勉強をしていた結果、体調を崩しているとも考えられる。

 理由はともあれ、とにかく顔色が悪かった……というよりも、全く血の気が感じられないのだ。

 言葉は悪いが、まるでろう人形のようだ。

 そしてその視線はうつろで、いっさい私の目を見ようとしない。


 これはもう重症に違いない。

 本人が何と言おうと、すぐにでも病院に連れて行くレベルだ。

 大丈夫? と言いかけたその時、隣に立っていた綾子さんが、私の腕をつかんで寄りかかり、柊の向こう側を指差す。


「お、お姉さん……。べ、ベッドに、どなたかいらっしゃるみたいだわ……」


 私の腕をつかむ綾子さんの手に、より一層力が加わった。

 ベッド? そうだ。さっきから不思議に思っていたのは、これだったのだ。

 以前はなかったベッドがドンと置かれているのが不自然さの原因だったのだ。

 そして確かにそこに誰かが横たわっている。


「ベッド? いつの間にそんなもの買ったの? どなたかいるって……。ねえ、柊。いったい、どういうことなの? 誰か、寝てるようだけど……」


 掛け布団から見事にはみ出た大きな足が、否応なしに目に飛び込んでくる。

 つまり柊が寝ていたのと同じベッドに、まだ誰かが寝ているということになる。

 言い換えれば、年頃の娘が足の大きな誰かと、ベッドを共にしていた、と表現すればわかりやすいのではないだろうか。


 そして、その大きな足の持ち主は、多分、きっと、やはり、絶対……。

 誰が何と言おうと、その人が男性であることは逃れようのない事実なのだから。


 落ち着け、落ち着くんだ。

 あははは。私ったら何を心配しているのだろう。

 まだベッドにいるのが男だと決まったわけではない。

 体格のいい女性の友人が泊まっているのかもしれないじゃない。

 そうに決まっている。


 うちの娘に限って、男を泊めるなんて無謀なことをするはずがないし。

 女性の友人が体調の悪い娘を看病してくれていたんだと思う。

 うん、絶対にそうに違いない。


 けれど、そんなに都合のいい解釈が現実になることなど滅多にないことだと、これまでに積んできた人生経験が、容赦なく警笛を鳴らす。

 うちの子に限って……何て言葉は、幻想でしかないことを、この直後に身を持って知ることになる。



「あ、あのう。……ということなんで。ご、ごめんなさい」


 振り返ってベッドの現状を確認した柊が、ますます血の気の失せた白い顔で視線を床に落とし、力なく、ごめんなさいと謝った。

 

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