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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第七章 あかし
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217.俺を見くびるなよ その2

 わたしがやなっぺのことをあれこれ想像して、ほっこりした気分に浸っている時だった。

 急に真顔になった遥が、わたしを抱き寄せながらとんでもないことを口走る。


「柊……。俺は、本当に申し訳ないことをしたと思っている。こんなに柊のことが大事なのに、どうしてあんなに遠回りしてしまったのだろうと、今でも悔やまれる。柊が東京を引き払ったあの時に、どうしてもっと行動を起こさなかったのか。仕事と、柊と、天秤にかけるような次元ではないのに。柊は俺の命同然の唯一の人だった。それに、それに……。もう聞きたくないかもしれないが、さっきお父さんが言っていたように、一度、別の女性と婚約までした人間だ。なのに、こんな俺でも一生懸命愛してくれて、そして、子どもまで授かって……」

「遥。もういいって。そんなこと、もう何とも思ってないから。だから、そんな風に自分を卑下しないで。わたしは、そんなこともすべてわかった上で、今の遥が好きなんだから。それを言うなら、わたしの方が……」


 わたしはロスに遥がやって来たあの日から、ずっと思い悩んでいることがあるのだ。

 それは、遥がしぐれさんと婚約していた事実と同等か、それ以上の遥への裏切り行為とも取られかねないあの出来事だ。

 もちろんその時、遥が婚約を解消していたなんて知らなかったし、大河内と幸せになれたらと思って、自分からも望んでそういう状況になったのだが。

 遥以外の男性と、触れ合ってしまったという事実は消すことは出来ない。

 遥ではない人とキスをし、お互いに身を寄せてしまった。

 たとえ最後の一線は越えていなくても、彼と二人きりで過ごしていたことは、遥も当然知っている。


 遥と四年以上もの月日を経て再会を果たし、一緒に夜を過ごしたあの日。

 前日に大河内から付けられた印が、わたしの身体のいたるところにその痕跡を残していたはずだった。 それを見た遥が、どんな思いだったかと考えると、胸が締め付けられて苦しくなる。

 これで大河内と何もなかっただなんて、そんな虫のいい話、聞いたことがない。

 それなのに遥は何も言わず、お腹の子を自分の子だと言って涙を流してくれたのだ。


「どうしたんだ? 何を考えてる? 柊、おまえは何も悪くない。何も思い悩む必要はないよ」


 そう言って、わたしの背中を優しく撫でてくれる。

 でも違うのだ。遥だけが悪いなんてことはない。実はわたしだって……。


「遥、あのね。わたし、その……。遥がロスに来る直前まで、大河内君と一緒だったんだよ。もしわたしが遥の立場で男性だったとしたら、すべてを信じるのは難しいと思う。お腹の子が、自分の子だと信じるには、リスクが高すぎると思うの」

「柊、何が言いたいんだ? この子が俺の子じゃないと、そう言いたいのか? 」


 わたしのお腹に手をあて、遥がわたしをじっと見てそう言った。


「いや、そうじゃなくて。ううん、絶対にこの子は遥の子だよ。それは絶対に。ただ、遥がそれを信じるには、すごく難しい状況だと思うの。それなのに、わたしのことを信じてくれて、こんなにも一緒に喜んでくれて。遥の優しさが、わたしにはとても嬉しかった。それと同時に、遥には申し訳なくて。あなたもいろいろ葛藤があったんじゃないかって、そう思って……」


 本当に俺の子か? と疑われても反論のしようがないほど、最悪な状況証拠が整っているにもかかわらず、わたしの言うことを真っ直ぐに受け止めてくれたのだ。

 そんな遥を、どうしてしぐれさんとの婚約のことくらいで咎めることができるだろう。


「おい、柊。いったい何を悩んでいるのか知らないが。俺を見くびるなよ。もし柊が、あいつの子を身ごもるようなことをしていたら。そしたらおまえはあの時、あいつに別れを告げなかったはずだ。違うか? 」

「遥……」

「誰よりも正義感の強い柊のことだ。たとえ何か魔がさして深い関係になっていたとしても、柊は俺とではなく、大河内と生きていく道を選んだと思う。大河内大輔。残念ながらあいつは、柊の伴侶にはなりえなかった。それだけのことだよ」

「はるか……」

「あの時、柊の目を見た瞬間にわかったんだ。柊の心が大河内にはないとはっきり確信した。だから誰が何と言おうと、この子は俺とおまえの子なんだ。そうだろ? 」

「うん、そうだよ。遥。ありがとう、本当に、ありがとう……」


 わたしは何度もありがとうと言いながら遥の胸で声をあげて泣いた。

 母や父に聞かれてもいい。

 こうやって遥が揺ぎ無い信頼を寄せてくれている限り、わたしにはもう怖いものは何もないのだから。


 遥にそっくりな、かわいい赤ちゃんを産むからね。

 どうかその日まで、待っててね。


 わたしは遥の腕の中で泣きじゃくりながら、いつしか眠りのゆりかごに揺られて、意識が遠のいていく感覚に心地よく酔いしれていった。 


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