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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第七章 あかし
214/269

214.幸せになるからね その2

 そうだよね。わたしたちは、ここで皆にいっぱい愛情をもらって大人になった。

 遥の一言一言が心の奥に響く。

 わたしだって、わかっているのだ。

 遥だって一日でも早く、わたしと一緒に暮らしたいと思ってくれていることが。


 父や母、そして遥の両親はもちろん、おばあちゃんに心配をかけないように、寂しくないようにと、彼自身が譲歩した案なのだと、痛いほどにわかる。

 忙しい仕事の合間をぬって頻繁にここに帰って来るということが、想像以上に大変だろうことも予測できる。

 休暇ごとに遥が帰省するといっても不規則な仕事なので、毎週というわけにもいかないだろう。

 その時は遥が言ったように、わたしが東京に出向くことで問題は解決だ……と言いたいところだが。

 卓の妊娠時に流産の兆候で安静期間が長かった綾子おばさんを始め、妊娠しにくい体質だった母からは、授かった赤ちゃんをくれぐれも大切にするようにと、それはもう腫れ物にでも触るような扱いを受けていることから推測しても、東京に出向くことも簡単にはいかないだろうと予想がつく。


 でも、そこは我慢。

 ロスにいた時の苦しみを思えば、一ヵ月くらい会えなくてもどうってことないはずだ。

 無事出産を終えたあとには子どもと共に東京に行って、遥と三人で暮らせるのだから。


 それまで、一緒に頑張ろうね。

 どうかこの未熟なママが、少しでも強くなれるように応援してね。

 わたしはお腹に手をあて、まだ見ぬ愛しい我が子に向かって、そっと語りかけた。



 結局、わたし以外の全員の意見に押し切られ、遥の住む東京のマンションへは行かず、実家でアルバイトをしながら出産を待つことになった。

 そのアルバイトですら反対されそうになったけど、それだけは譲れなかった。

 何もかも親の世話になるわけにはいかない。

 遥にも、今月の生活費だと言ってまとまったお金を渡され、奇妙な感覚に襲われる。

 学生時代に彼と同居していた時はお互いに折半だった。

 せめて生活費の一部くらいは自分で稼ぎたいし、父と母にも居候代を渡したい。

 けれど妊娠中であることが判明した今、図書館側から断られる可能性もある。

 その時は別のバイトを探して、なんとか出産ぎりぎりまで働きたいと思っていることには変わりない。


 そして遥は、とんでもなく無謀な行動を起していたことを、家族の前でカミングアウトした。

 ロスから職場に戻ったあと、転勤願いを出したそうだ。

 まだ入社したての新入社員という立場なのに、そんな我がままが通るのだろうかと心配になる。

 それだけではない。驚く事に、初めは退社するつもりで、辞表を提出したと言う。

 先輩社員の優しい配慮に甘えてばかりもいられないと思ったということだ。


 ロスにいる婚約者が帰国するのを待って結婚する予定で、跡取りとして実家に住むことになっていると真顔で上司に伝えたらしい。

 まさか本気でそんなことを言ってるとは思えない、いくらなんでもそれはないだろう、早まるな、と上司や同僚に引き止められたそうだ。

 和菓子屋を継ぐというのなら話もわかるが、サラリーマン家庭に戻って、いったい何を継承するんだと責められ、最終的に退職願は留保されたという。

 名古屋か大阪の系列局に人員の空きが出た時、転勤するという方向で話がまとまったらしい。


 ただし、今すぐに転勤というのは無理らしく、二、三年後になる可能性もあるという。

 そうなるとここから通勤できるので、蔵城家を継ぐという父との約束も果たせると、いたって満足げな笑顔を見せる。


 せっかく難関を突破して誰もが憧れる仕事に就けたにもかかわらず、すぐに転勤願いというのもありえないことだが、それを聞いて大喜びしている我が家族たちも、もちろんわたしも遥も、ちょっと世間の価値観とズレがあるのかもしれない、とふとそんな風に思ってしまった。

 わたしも少しは、世の中のしくみというものがわかってきたのかもしれない。


 それと、体調が安定して医師から許可が出れば、秋に結婚式を挙げることも決めた。

 ところが、堂野家と蔵城家の結婚の場合、両家共にかかわりがある親族が多いので、普通の形式の披露宴をすると、座席がこんがらがってしまうという奇妙な事実に気がついた。


 例えば規子姉さんの場合、母の従妹だから蔵城家側の親族ということになるが、旦那さんである裕太兄さんは堂野家の親族だ。

 夫婦単位で招待すると考えると、新婦側新郎側のど真ん中の席に座ってもらう、なんてことにもなりかねない。

 それに遥の東京のおじいさんは、血のつながりこそないけど、母が蔵城家に嫁ぐ前から親戚だ。

 というのも、おじいさんの妹である大叔母さんが母の伯父さんと夫婦だからだ。


 複雑に絡み合った家系図を想像するだけで頭がくらくらするのは、遥も同じだった。

 どのような式、披露宴にするかは、二人にまかせると言われ、わたしも遥も突然のことにびっくりしてしまった。

 これはマタニティー雑誌を読む前に、ウェディング雑誌を見る方がよさそうだと考えを改める。


 本来ならばしかるべき場所で、村の有力者やさまざまなしがらみのある関係者を招いて大きな式を挙げるのが、今までの蔵城家の結婚式だったらしい。

 けれども、わたしが妊娠していることと、遥が世間に知られている存在であることなどを考慮して、父が過去の意味のないしきたりはもう辞めにすると宣言してくれたのだ。

 結婚式のあと、友達も招いて、小さなパーティーもできたらいいななどとあれこれプランを練ってしまう。


 本当に、たった数ヶ月で準備ができるのだろうか? 

 遥ともずっと一緒にいられない中、どうやって話し合っていけばいいのか途方に暮れるばかりだ。

 やっぱり駆け落ちして、こっそり二人だけで結婚する方が楽そうだ、なんて言いたいところだが、心の中に収めておくおとにしたのは言うまでもない。


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