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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第七章 あかし
213/269

213.幸せになるからね その1

「柊、私は反対よ。やっとロスから帰って来て一緒に暮らせると思ったのに、また離れ離れになるなんて寂しすぎるじゃない。はる君には悪いけど、これだけは譲れないわ。ねえ、お父さん」

「そうだ。そんな身体でもしものことがあったらどうする。遥もほとんど家にいないんだろ? なら決まりだ。柊、おまえはここにいろ。いいな」

「そ、そんなあ……」


 なんということだろう。

 母も父も、わたしが遥と一緒に住むことを何が何でも阻止しようと、様々な角度から攻めて来る。


「柊ちゃん。私も同じ意見よ。安定期に入るまでは無理しちゃだめ。だって、私が卓を妊娠した時、初期段階で具合が悪くなって、切迫流産で入院。そして自宅療養になったわけだしね。どうしてもと言うなら、せめて五ヵ月くらいになってからの方がいいと思うの」


 綾子おばさんまでもがわたしを引きとめようとする。

 俊介おじさんも、そうだそうだと頷き、あからさまに遥とわたしを引き離そうとするのだ。

 遥との別れを決心した時は、あれほど復縁を迫っていた親族たちなのに、一緒に暮らしたいと言えば、遠距離のままでいろと言う。


 居間の座卓を囲んで、蔵城家はただいま家族会議の真っ最中だ。

 病人扱いで寝かされていた布団から、ようやく無事に脱出できたと思ったのも束の間、遥との同居の件でもめているのだ。

 それぞれの両親とおばあちゃん、そしてどこまで理解で来ているのかわからないけど、話の内容に興味津々で瞳を輝かせている小学生の卓に取り囲まれ、ますます不利な状況に追い込まれる。


「ね、はる君。あなたからも柊を説得してちょうだい。はる君だって、その方が仕事に専念できるでしょ? 泊まり勤務だって、今までどおりにこなせるだろうし。何も別れろなんて言ってるわけじゃないの。二人の結婚は、誰も邪魔はしない。っていうか、こうなったら何があっても一緒になってもらわなければ」

「母さん待って! わたしは大丈夫だよ。こんなに元気なんだもん。遥の足手まといにはならないし」


 遥に同意を求めようとした母の言葉を遮って、わたしはそう言い切った。

 世の中には妊娠中の新婚夫婦など、いっぱいいるに違いない。

 でもそのほとんどの人たちが、親から独立して個々の家庭を築いているのだ。

 だから、わたしだってできる。

 遥と一緒なら何だってできる自信がある。


「それにね、マタニティー雑誌にも、食欲だってもうすぐ戻るって書いてあった。体調に異変を感じたら、すぐに病院に行くから。だからお願い。遥のところに行かせて。遥と一緒に暮らして、幸せな家庭を作りたい。ね、遥だってわたしと同じ意見だよね? 」

「柊……」


 ずっと沈黙を守っていた遥が、その重い口を開いた。

 けれど遥の意見は意外な方に向かっていく。


「柊の気持ちは嬉しいよ。俺だって一緒に暮らせたらどんなにいいかと思っている。でも、柊は四年以上もここを離れて、アメリカで暮らしていたんだ。お父さんやお母さんの気持ちを考えたら、俺の都合だけで振り回すわけにはいかない」

「遥。でもわたし、これ以上遥と離れ離れはいやなの。夫婦ならどんな時でも一緒にいるべきだと思う。そうでしょ? 」

「もちろんだ。でも、仕事も不規則だし、泊まり勤務が多いのも事実だ。そんな中、家に一人でいる柊のことが心配で、仕事どころではなくなるのも目に見えている。前にも言ったと思うけど、職場に俺のよき理解者でもある先輩がいるんだ。ロスに行く時、力になってくれた先輩だ。俺が働きづめだったものだから、なるべく休みが取れるよう、いろいろと配慮してくれている」

「でも……」

「柊の気持ちはわかる。けど、実際今は食事もままならないし、顔色も決していいとは言えない。いろいろ調べたけど、このまま栄養状態が悪いと入院ということもありえるみたいだしな。そんな状態で東京に行って、またもや環境が変わるわけだ。身体にいいわけがない。それと出産できる設備が整った医院が各地で減っている現実を考えると、このままここで診察を受けて出産したほうが母体の安全にもつながると思うんだ」

「遥ったら、そんなことまで調べてくれたんだ。いったい、いつの間に……」


 わたしが遥に妊娠の事実を告げてからまだそんなに時間が経っていないというのに、的確な情報を得るその素早さに驚きを隠せない。

 さすが報道局に勤務しているだけのことはある……などと感心している場合ではないのだが。


「あたりまえだ。俺だって柊と一緒で、妊娠や出産のことなんて、一般常識の範囲内しか知らないんだ。いや、常識すらも満たしていない。電話もらったあと、本やネットで調べまくった。柊、俺にいい案があるんだ」

「いい案? 」

「ああ。休暇ごとに俺がここに帰って来るというのはどうだろう」

「遥が? 」

「そうだ。不意の休暇だって取れることもある。新幹線を使えばすぐに帰って来れるんだ。ここから始発の列車に乗れば、出勤時刻にも間に合う。こうなったら、金がかかるなんて言ってる場合じゃないし、回数券でも何でも買うつもりだから。なあ、柊。俺たちの家はここなんだ。誰がなんと言おうと、ここなんだよ。俺がここから長距離通勤してると考えるのはどうだ? 毎晩は帰ってこれないけど、休みの日は必ずここに帰る。それに体調が安定すれば、柊が東京に出向いてくる日があってもいいと思う。先輩も柊に会いたがっているんだ。いつになったら会わせてくれるんだと、毎日のようにせっつかれている……だめか? 」

「だめじゃないけど……。そうだよね。わたし一人の身体じゃないんだものね。また新たに病院を見つけるのも大変そうだし……」

「そうだ。柊はもちろん、お腹の子も元気でいて欲しいんだ。俺たちが生まれ育ったこの場所で、俺たちの子にも同じ空気を感じて育って欲しいと思ってる。同じ空や、山や野原を、それに俺たちがもらったのと同じ家族の愛を感じて、生まれてきて欲しいんだ」

「遥……」


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