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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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21.帰ろう、二人の場所へ その2

「こら! よったんに沢木! 自分の都合ばかり言わないのっ! 堂野、ごめん。この人たち何かあると、すぐ、自分の作品に結び付けようとするんだ。ところでお二人さん。この後、どうする? もう終電、間に合わないけど? 」


 やなっぺがいたずらっぽい目でわたしと遥を交互に睨む。


「なら、タクシーでうちまで帰るよ」


 遥が、ジーンズのポケットを探りながらそう言った。

 ここからわたしのアパートまでだと、いったいいくらになるのだろう。

 東京の地理にはまだあまり詳しくないが、きっと一万円近くになると思う。

 遥のマンションはそれよりももっと遠いのだ。

 サークル活動を優先するため、わたしよりバイトをセーブしている遥に、そんな余裕があるはずもなく。


「もう、堂野ったら、学生の分際でタクシーとか、ムチャ言ってるんじゃないわよ。へへへ……。しょうがないなあ。今夜はここに泊まって明日帰ればいいんじゃない? あたしはここのリビングに寝るから、柊と堂野はあたしの部屋を使って。ならいいでしょ? 」

「あっ、いや。そういうわけにはいかないよ……」


 財布を覗き込んだ遥は、あーっと弱々しい声を漏らし、もう一度顔を上げてやなっぺに向かって恐縮しながら言った。


「じゃあ、ごめん。今夜だけ、その……。世話になるよ」


 わたしは、よったんと沢木さんにも、ごめんねと謝った。

 もちろん二人とも、今夜だけといわず、明日もあさってもずっと泊まってくれていいよ、大歓迎だからと言って肩をたたいてくれた。


「柳田。俺はここでも廊下でも、どこでもいいよ。これ以上みんなに迷惑かけられないし。柳田の部屋で柊を預かってくれればそれでいい」


 遥の言う通りだと思う。わたしもリビングで寝てもいい。

 ところがやなっぺが何やら剣幕の様子なのだ。


「何言ってるのよ。あんたたちは、もう充分迷惑かけてんだから、ごちゃごちゃ言わないであたしの言うとおりにしなよ! 二人とも、積もる話もあるだろうしさ。ここだと、話し声も何もかも筒抜けだよ? その方が、ずっと迷惑だからね」


 鼻息も荒く、いっきにまくし立てる。


「あ、ああ。そうだな。わかった、そうするよ。ありがとな、柳田……」


 日頃の威勢のよさはどこへやら。やなっぺにかかると、遥もタジタジだ。

 結局、わたしと遥は今夜ここに泊まらせてもらうことになった。

 一組しか客用布団がないからと意味ありげにニヤつくやなっぺ。

 そして。余分な布団なんてあたしのところもない、うちも持ってへんとあれだけ親切だった沢木さんとよったんまでもが知らん振りして、それぞれの部屋にそそくさと立ち去って行った。


 も、もしかしてわたしたち。

 三人に、はめられた? 


 まさか、まだ遥とはそんな関係じゃないとは言えず、たった一組の布団が敷いてあるだけのやなっぺの部屋に当然のごとく押し込められ、気まずい雰囲気のまま、布団をはさんで遥と向かい合って座っていた。


「……夕べはほんとに悪かった。俺も軽率だったよ。柳田から、話、聞いてくれた? 」


 沈黙を先に破ったのは遥だった。


「うん。聞いた」

「そうか……。俺も夕べはいっぱいいっぱいで、柊の気持も考えず。……あんなことになって、ごめん」


 正座したままの遥が、わたしの目を見て言った。


「わたしも、もっと遥のことを信じてあげれば良かった。なんか、気が動転しちゃって、悪いようにしか考えられなくて……。電話にも出なくて、ごめんね」

「ああ。あれは正直キツかった。マジで柊を傷つけてしまったと思った。このまま別れるなんてことになったら、俺、是定先輩を一生恨んでやるって、そう思った。もうこんなことは二度とごめんだ」

「里中先輩は? あれからどうなったの? 」

「サークルの女性団員にずっと付いててもらってる。まだ、感情が安定してないらしい」

「そう……」

「なあ、柊」


 遥が布団を乗り越えて、わたしの膝の上の手に彼の手を重ねてきた。


「前も言ったけど……。この先俺達、一緒に暮らした方がいいと思うんだけど。そうすれば、朝晩だけでも顔を合わせられる。もうこれ以上、柊と離れているのは無理なんだ」

「う、うん。そうだね。わたしもそうしたいと思ってた。遥の言うとおりにする。一緒に暮らそ」

「ほんとに? いいんだな? 後になって後悔しない? 大丈夫か? 」

「後悔なんてしないよ。遥とずっと一緒にいるって、決めたから」

「柊、ありがとう……。なあ、俺達ってさ、東京に出て来るまでは、生まれてからずっと同じところに住んで、同じ空気吸いながら生きてきたんだよな。なのに、今、別々のところで暮らしてるほうが不自然なんだと思う。親に知られた時はきちんとケジメはつけるつもりだ。だから何も心配しなくていいから……」


 遥の手がわたしの髪を優しく撫でてくれた。

 もう絶対に遥から離れない。何があっても遥のそばにいる。

 わたしの心は、もう二度と揺らぐことはなかった。

 久しぶりに遥の腕に抱きしめられて、わたしの気持ちは本来居るべきところにすとんと落ちたような安堵を覚える。

 何度も何度も唇を寄せ合い、さっきから次々と零れ落ちるわたしの涙の味がするキスは、まだまだ当分終わりそうにない。

 でもここはやなっぺの部屋だ。それ以上は……またこの次。

 幸せいっぱいなわたしとは対極にあったらしい遥は、この時の史上最悪な理性との戦いを、後日苦しそうに語ってくれた。

 そんなこと言ったって。

 わたしは男の人の身体のしくみなんて、何も……知らないんだもの。

 わたしは遥の腕の中で、いつしか深い眠りに落ちていった。


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