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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第七章 あかし
207/269

207.生きること、愛すること その2

 遥は連日の激務のため、わたしの帰国に合わせて実家に帰ることは出来ないらしい。

 また当分会えない日が続く。

 あれから毎日、携帯やパソコンで連絡を取り合っている。

 お互いの状況がすぐに把握できるので寂しくはない、と言いたいところだが、やっぱり寂しい。

 早く遥に会いたい。

 お帰りと言って、抱きしめて欲しい。


 電車を降りると母が車で迎えに来てくれていた。

 数ヶ月前にも帰ってきているので、そんなに久しぶりに会うわけではない。

 でも、母の髪に白いものが混じり始め、いつまでも若くはないんだと改めて気付かされた。

 こんな親不孝な娘で本当に申し訳ないと思う。


 家に着くと、なぜか隣の綾子おばさんと卓、そしておばあちゃんまでもがうちに来ていた。


「お姉ちゃん、お帰り! ねえねえ、今度はずっと日本にいるんでしょ? 」


 玄関に入ると同時にわたしのところに駆け寄って来たのは、随分と背が伸びた卓だった。

 この頃はひいらぎと呼び捨てにすることもなく、一人前の大人びた顔を時折りのぞかせながら、お姉ちゃん、と呼んでくれる。


「すー君、ただいま。今度はずっと日本に……」

「聞いて聞いて! ぼく、リトルリーグの三年生のキャプテンになったよ。ピッチャーやってるんだ。この前なんか四年生に勝ったんだぜ。ねえねえお姉ちゃん、来週の試合、応援に来てね。絶対だよ」


 こちらの返事など、もう待っていられないのだろう。

 とにかくわたしに聞いて欲しいことがいっぱいあるのか、キラキラと輝く澄んだ目を向けて、矢継ぎ早にまくしたてる。

 そこには小さな遥がいるようで、とても不思議な気持ちになった。


 おばあちゃんは三回に一回は卓を遥と呼び間違えるらしい。

 顔立ちはもちろんのこと、しぐさまでそっくりだと、親である綾子おばさんまでもがそれを認めているくらいの激似ぶりだ。

 だからおばあちゃんの呼び間違いも仕方がない。


 そうそう、おばあちゃんはすっかり元気になり、あの大手術をしたなんてもう誰も信じないくらいに回復していた。

 畑仕事や村の役員にも復帰し、充実した毎日過ごしていると聞いている。


「柊、お帰り。やっと帰って来たんだね。遥も希美香もいなくなって、卓もあのとおり、すっかり手がかからなくなって。本当に寂しかったんだよ。遥のことは気にしなくてもいいからね。何も気兼ねはいらないんだから。柊の思うようにここで暮らしたらいいんだよ」

「おばあちゃん……。ごめんね。長い間、勝手なことして、本当にごめんね」


 おばあちゃんの大きくて暖かい手に包まれながら、心からこれまでの行動を詫びた。

 あんなにも遥とのことを応援してくれていたおばあちゃんの気持ちを踏みにじってしまったことを、悔やんでも悔やみきれない。


 でも。いっぱい心配かけたけど。

 わたしは遥と……。


「ねえ、柊。気のせいかもしれないけど、なんか、アメリカ人っぽくなったような感じがするね。やっぱり、住むところによって、顔まで変ってしまうんだろうかね? 」


 おばあちゃんのその一言で、みんなの大爆笑が巻き起こったのは言うまでもない。

 おばあちゃんの天然ぶりは、まだまだ健在だ。


 ロスでの移動はすべて車だったし、庭に出る時も紫外線対策はバッチリ施したつもりだ。

 そのためか、日焼けしていない分、青白く見えたのかもしれない。

 でも、どこをどう見たって日本人以外には見えないはずだ。

 目の色も鼻の高さも、これ以上変えようがないのだから。


 おばあちゃんの目に異国人のように映ったのは、服が個性的で派手なせいもあると思う。

 夏といえば、どうしても原色中心のコーディネートになってしまう。

 向こうでは普通の格好なのに、セントレアに着いたとたん、自分が異邦人であることが、普段ファッションに疎いわたしでもはっきりと自覚できた。

 黄色と白のストライプ柄のワンピースとオレンジ色のヒールのあるサンダル。

 そしてとどめが広いつばの帽子。もちろんUVカットの生地で出来ているすぐれものだ。

 サングラスも必携で、お気に入りのデザインのものが格安で手に入れられるのも魅力だ。


「まるで、映画スターのようだね。どこの女優さんかと思ったよ」


 おばあちゃん。いくらなんでもそれは褒めすぎだよ。

 早くいつもの服に着替えて、本来のわたしに戻りたくなってしまった。


「ほんと、柊ちゃん。ますますきれいになって……。向こうで、相当いい恋でもしてたんじゃない? あなたには絶対に幸せになってもらわなきゃならないから。辛い思いをしたぶん、誰よりも幸せになって欲しいから……」


 綾子おばさんまで、そんなことを言い出してしまった。

 遥のことで責任を感じている綾子おばさんは、わたしが幸せになることを心から望んでくれている。


 おばさん。大丈夫だよ。

 わたし、とても幸せだよ。だから、心配しないで。

 そう言いいかけて、言葉を飲み込んでしまった。


 母にはそれとなく、遥とはまた連絡を取り始めたとは伝えているけれど、詳しいことはまだ何も知らせてはいない。

 規子姉さん夫婦も詳細は親戚に黙ってくれているので、遥がロスまで来てくれたことは、家族はまだ誰も知らない、というわけだった。


「さあ、柊ちゃん。わたしとお姉さんとで腕を振るったから、いっぱい食べてね。あっ、それと遥のことだけど、その……。婚約解消したのよ。ほんと、お騒がせ野郎だわね。もうあの子には、ほとほと疲れちゃったわ。柊ちゃん、知ってた? 」

「えっ、あ、まあ……」


 テーブルに並び切らないほどの料理の数々に唖然としながらも、綾子おばさんの話に、どこまで正直に答えればいいのか迷ってしまう。

 何も隠すことはないのだけど、あれほど大騒ぎをして日本を離れ遥と別れておきながら、実はまた寄りを戻しました……なんて、そう簡単に言えるものでもない。


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