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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第六章 うんめい その2
204/269

204.新たな始まりの時に その1

 誰もいなくなった玄関をぼんやりと見ていた。

 大河内は去って行った。

 僕の初恋の相手は誰が何と言おうと、君だから……。そう言い残して、彼はここから出て行った。


 わたしは大河内を愛していたのだろうか。

 彼と一緒に過ごす時間は楽しくて、彼に愛されていると実感することに女性としての喜びを見出してもいた。

 けれど、そんな大河内にどんなに胸をときめかせても、いつも心のどこかで遥の存在を意識している自分がいたのは紛れもない事実だ。

 大河内にすべてを委ねようと決心した昨夜。

 彼からの愛を全身で感じていたはずなのに、彼を受け入れることはできなかった。

 そして、彼もまた、わたしを愛していると言いながら、それ以上は求めてこなかった。

 フェアじゃないからと言って……。


 彼ではなかったのだ。

 わたしが本当に愛し求めている人は、やっぱり大河内大輔ではなかったのだ。



 すぐ隣に寄り添って立っているなつかしいその人を見上げた。

 同じように大河内がいなくなった玄関を黙って見ていたその人も、わたしの視線に気付いたのか、哀しそうな憂いを含んだ目をしてこちらを見た。


 込み上げてくる熱いものを堪えながら、その人と目を合わせる。

 するとその人が、おもむろに指先をわたしの頬にあてがい、何かをそっとぬぐった。

 知らぬ間に零れ落ちる涙を、何度も何度もぬぐってくれたのだ。


 もうだめだった。

 彼に会うまでは、あんなにもしっかりとこの異国で生きて来れたのに。

 この人がいなくても自分の足だけで立って生きていけると思っていたのに……。


 昔と変わりない、彼の深い瞳を見た瞬間、その広い胸にすがるように抱きついていた。

 彼の手がわたしの背中をゆっくりと撫でてくれる。

 ごめん、ごめん、と繰り返し謝りながら、彼はずっとわたしを抱きしめてくれた。


 他に何も言わなくてもわかる。

 わたしが彼を求めて止まなかったように、遥もわたしをずっと待っていてくれたことが伝わってくる。 彼の匂い、ぬくもり、そして胸の鼓動までもが、すべてわたしの細胞と溶け合うかのように混ざり重なっていく。

 

 もう二度と離れたくない。

 彼をひとりにしないと強く思った。

 たとえ彼に何があっても、あるいは、彼がわたしから逃れようとしても、地の果てまでも一緒に堕ちていくつもりだ。

 彼に嫌われることを恐れず、自分の気持ちに正直でいようと決めたのだから。


 背中にある遥の手の動きが止まり、彼の胸に埋めていた顔を離して見上げた。

 しばらく見つめあったあと、ややためらいがちに彼の口びるが重なる。


 そうだった。

 忘れもしない大学受験を前にしたあの日に、初めて交わしたキスと同じだった。

 優しく何度も触れ合う口づけ。


 今はこんぺいとうの味はしないけど、甘くて切なくて、ぎこちなくて。

 泣き出したくなるほどじれったいこのひと時が、まさしくわたしたちの愛のスタートラインだったのだ。


 今また始まろうとしている。

 彼との愛の始まりをはっきりと感じ取った瞬間だった。


 

 こんなにも久しぶりに会ったにもかかわらず、四年以上もの空白をものともせず、わたしと遥はひたすら話し続けた。

 太陽が西に傾き、夕闇が迫ってきても、話が止むことはなかった。

 彼の仕事のこと、家族のこと、わたしのアメリカ生活のこと、そして大河内のこと……。


 まだ休暇を思うように取れない遥は、明日、テレビ局のロサンゼルス支社に顔を出した後、報道に関するシンポジウムに参加し、再び東京に戻ると言う。

 何の前触れもなく急にロスにやってきたので、彼と一緒に帰国することは不可能だが、規子姉さん達が戻って来た後、世話になった人たちへのあいさつや、帰国の手続きが済み次第、夏の終わりまでには日本に帰ると約束した。


 その夜、ベッドの上でなつかしい遥に抱きしめられながらもまだ話し足りないわたしは、なかなかそのおしゃべりな口を閉じることができないでいた。


「おいおい、柊。いったいいつまで話し続けるんだよ。朝までしゃべる気か? 何時間も機内に閉じ込められていた俺を、休ませてやろうっていう気遣いは、これっぽっちもないんだな」

「ふふっ。ごめんね。だって、遥がここにいるなんて夢みたいで、ほんとうに嬉しいんだもん。遥とこんなに長い間しゃべらなかったことって、これまでになかったでしょ? 」

「そうだな。中学の時ですら、必要最低限の会話はあったもんな」

「うん。そういえば、小学五年生から中学二年生くらいまでは、ホント、あまりしゃべらなかったね」

「ああ。なんか照れくさかった。それに柊に嫌われてるんじゃないかと思って、よけいに関係がぎくしゃくしてしまって。空回りしてたな、あの頃は……」

「そうだね。でも、全く何もしゃべらないわけじゃなかった。いつもすぐそばに遥がいたし、それが当たり前の日常だったから、寂しくもないし、そんなものだと思ってた。だから、こんなに離れ離れに暮らしたのなんて、本当に生まれて初めての経験だったよね。苦しかったし、辛かったけど。これでいいんだ、わたしさえ辛抱すればいいんだ、なんて思って、いい子になりきって、ずっとやせ我慢してた」


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