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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第六章 うんめい その2
203/269

203.時空を越えて今 その2

「俺もしぐれさんも婚約したとたん、見失っていたものを取り戻したんだ。皮肉なもんだな。向こうは女優だ。芝居もうまいけど、それを見抜くのもお手の物。俺がしぐれさんを心から愛していないことくらい、すぐに彼女にもばれる。彼女が俺を見ていないのも、知っていた。でも、俺は柊を失い、彼女は大河内を失った。そんな二人であればこそ、一緒に支え合っていけば、いつかは心が寄り添うことがあるかもしれない、そう思って結婚を決めた。彼女だけを見て、彼女のことだけを考えて、彼女を愛していこうと、同じ時を過ごしてみた。が、結局はだめだったんだ」


 遥の手に力がこもる。

 やっぱりそうだったんだ。

 わたしが大河内と結婚すると聞いて、遥はしぐれさんと婚約した。

 でも、うまくいかなかった……。


「だから、何だと言うんだ。しぐれを幸せにすると一度決めたなら、最後まで全うするのが筋じゃないのか? やっぱり違った、だから柊に戻っただと? そんな都合のいい話は聞きたくないね。僕は誰が何と言おうと、柊のことはあきらめないから」 

「大河内。おまえが中学の時から柊を好きだったのは、百も承知だ。いや、今もきっと好きなんだろう。でもしぐれさんとのことも、柊のことを忘れるくらい本気だったんだろ? それにおまえは、しぐれさんと本田先輩のことも疑ってた。そうだろ。そうなんだろ? 」


 本田先輩? どうしてここで先輩の名前がでてくるのだろう。

 しぐれさんと本田先輩は、いとこ同士だ。

 その二人が何か関係があったというのだろうか。


 そういえば、しぐれさんと初めて会った時、本田先輩のことを好きなのかもしれないと感じたことがあった。

 わたしと遥が親戚同士だと言った時、確かしぐれさんも、わたし達と一緒だと嬉しそうに言った。

 そして本田先輩のことを、とても楽しそうに目を細めて話していたしぐれさんの姿をはっきりと思い出す。


「堂野……。なんで、それを? 」


 急に勢いをなくした大河内が遥に訊く。


「やっぱりそうなのか……。確かに、おまえと会うまでは、しぐれさんは本田先輩のことが好きだったのかもしれない。でも、もう今は違うだろ? 彼女、はっきり言ってたぞ。本田先輩を追うのはとっくに辞めたと。先輩がしぐれさんではない別の女性を見ているのも知っている、とも」

「本当にそんなことを言ったのか? でも、しぐれが本田さんのことを話す時、僕には見せたことのないような何ともいえない幸せそうな笑顔を浮かべるんだ。見間違いじゃないよ。断言できる」

「何言ってるんだか。なら俺も言わせてもらう。しぐれさんにおまえの話をしたとたん、それこそ誰も見たことのないような幸せそうな顔をするぞ、彼女」

「まさか……」

「……ったく、こんなこと、言いたくないが。俺、おまえの中学時代の活躍を、しぐれさんにいっぱい語らせてもらったよ。勉強も部活も生徒会も、何もかも全力でぶつかっていたおまえは、悔しいけど非の打ち所がなかったからな。今年の正月におまえが柊との交際宣言をぶちかました後、しぐれさん、仕事も出来ないくらいひどい状態になったんだ」

「ひどい状態? 」

「ああ。思いつめて、どんどん弱って。救急車で病院に運ばれたこともあった」

「病院? いったい、何があったんだ! しぐれが、そんなことになるはずがない! 」


 今にも遥に掴みかかろうとする勢いで、大河内が取り乱す。


「大河内、落ち着けよ。大事には至らなかったが、発見が遅かったら、どうなっていたかはわからない……」

「なんてことだ……。彼女はいつだって凛としていて、前向きで。弱音すら吐かない、そんな強い女性だった。なのに、そんなことになっていただなんて」


 大河内の声が震えている。

 しぐれさんがそんな状態になっていただなんて、何も知らなかった。


「それだけ、おまえとの別れが辛かったんだよ。そんな中、大河内の話をしてやると、なんとか持ち直す。彼女が俺と一緒にいる意味は、俺からおまえの存在を感じていたかっただけなんだ。今ははっきり、そうだとわかる。おまえと柊が一緒になるのなら、いっそのこと俺達も結婚してしまった方がいいのではと、安易にことを進めたけど、結果このありさまだ。大河内。おまえこそ、こんなところにいないで、夏の休暇でも使って、日本に帰った方がいいんじゃないのか? しぐれさん、きっとまだ、おまえのことを待ってるぞ」


 遥が告げるしぐれさんの状況は、どれも耳を塞ぎたくなるものばかりだった。

 彼女のそばにいた遥とて、同じだったはず。

 わたしばかりが苦しいと思っていたけど、違ったのだ。


「堂野、僕はいったいどうすればよかったんだろう。しぐれの何を見ていたのかな。いや、何も見てなかったんだ、たぶん……。彼女がそんなに僕のことを思っていてくれたなんて、想像すらできなかった。あんなにきれいで優しくて、女優になるために生まれてきたような人が、自分を愛してくれるなんて、ありえないとずっと思っていた。僕は彼女にふさわしい人間じゃないと思っていたんだ。蔵城を追ってあの会社に入ったけど、しぐれにどんどん惹かれていく自分に戸惑っていたのも本当なんだ。そんな中、ロスへの転勤が決まって、それと同時に彼女の仕事も忙しくなって……。そんな時にしぐれが見せる笑顔が、自分に向けられていないような気がして……。本当にどうかしてたんだ。自分を見失うにもほどがあるよね。あんなに好きだった柊を目の前にしても、どこかでしぐれを感じてしまうんだ。堂野、僕はまだ蔵城とは……。男と女の一線は越えていない。自分の中にいろいろ抱え込んでいた僕は、蔵城の涙に何かを気付かされたんだ。蔵城が愛しているのは、堂野、君だよ」


 大河内の最後の一言に息を呑む。

 そして、ようやくいつもの目にもどった大河内は、ちらっとわたしを見て、ソファの上に無造作に置いてあったジャケットを手に取った。


「蔵城。いろいろごめん。でも、君のことが好きなのは嘘じゃない。いや好きだったと言うべきかな? 僕の初恋の相手は誰が何と言おうと、君だから……。月曜からまた、仕事頑張るよ。そしてなるべく早めに日本に帰れるよう調整してみる。蔵城も、意地を張らずに自分に正直になった方がいい。これ以上、道を間違えないように……」


 そう言って軽く右手を挙げると、もう片方の手でジャケットの襟のあたりをつかみ(かつ)ぐように肩にのせ、誰にも目を合わせることなくここを出て行った。

 そんな大河内にかける言葉が何もみつからなくて……。

 遥もわたしも、ただ黙って、彼の後姿を見送ることしかできなかった。 


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