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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第六章 うんめい その2
200/269

200.うそと愛の狭間で その3

 あの二人はそうなる運命だったんだよ、などと言って啖呵を切った大河内だが、なんて寂しそうな目をしてるんだろう。

大河内は、しぐれさんのことを、まだ心のどこかで愛しているのかもしれない。

仕事が忙しくて一緒にいる時間が少なくて、お互いがすれ違ってしまっただけで、心までは断ち切れていないのではと思えてならない。

しぐれさんから遥と婚約すると聞かされ、そのあとで大河内はわたしにプロポーズをしたわけだ。

この事実は、お互いが相手の動向を伺いながら次の行動に移っていることを如実に物語っているのではないか。


 ただし、わたしと遥の関係は、表面的にはすでに終わっていると見なされるのに、充分な要素を持っていることは否定できない。

 現にあれから四年以上経った今、遥は一度たりともわたしの前に姿を現さなかった。

 この事実だけはどうあがいても、(くつがえ)すことができない。


 大河内とロスで偶然の再会を果たして以来、もやもやと胸に引っかかっていることがひとつだけある。

 この異国の地で、わたしと大河内が出会ったのは、全くの偶然なのか、それとも、仕組まれたことなのか……。

 去年の十二月に初めて会った時の大河内の驚きの表情は、作られたものではなかったと信じたい。

 わたしはソファから立ち上がり、さっき生けたばかりの花瓶のそばに近付きながら大河内に問いかけた。


「大河内君。ひとつだけ訊いてもいい? 」


 開きかけた薔薇の花びらに、そっと触れながら訊ねる。


「なんだい? ……堂野のこと以外なら、何でも訊いてくれ」

「ふふふ、もちろんそうする。じゃあ、遠慮なく。ここでわたしと会ったのは、偶然? それとも……。必然? 」


 その時、こちらに近付いてくる大河内の歩みが止まり、振り返ったわたしに目を背ける。

 訊いてはいけないことだったのだろうか。

 大河内なら、わたしのバックグラウンドなど、その気になればどんな手法を使ってでも調べられるだろう。

 やはり偶然ではなかったのかもしれない。


「そのうち、君に訊かれると思ってたよ。話がうまく行き過ぎるとでも思った? 」

「そ、そういうわけではないけれど……。知りたかっただけ」

「そうか。別に隠すこともないしね。この際だから、全部話した方がよさそうだね。君がロスのTY商社の社宅に住んでいるのは、どうにか調べることができたんだ。それで、TY商社を就職先に選んだのは必然的な行動。でも、ロス支店の転勤は偶然だ。それにここに招かれたのももちろん偶然。真木部長の存在は知っていたよ。でも部長直属の課に配属されるかどうかなんて、僕には操作できる次元ではないからね。僕はこの偶然に、どれだけ感謝したことか」


 そうだったんだ。

 わたしがここに住んでいることを知っていて、祐太兄さんのいる会社を選んだ……。

 そんなにも愛されて嬉しいと思う反面、すべてを知られていたことにある種の恐怖を覚える。

 彼のわたしに対する想いが度を越えていると感じるのは、考えすぎだろうか。


 ただし、コネ入社もほとんど不可能な昨今、TY商社への入社そのものがかなり難関なのは周知の事実だ。

 大河内は持ち前の社交性と適応能力を発揮して、期待されて入社したに違いない。


 しぐれさんがその事実を知ったとき、どんな気持ちだったのだろうか。

 付き合っていた大河内に半ば裏切られた形になったしぐれさんが、遥に救いを求めるように急接近したとも考えられる。


 しぐれさんは大河内を思ったまま。

 わたしは遥を忘れられないまま。


 たとえそうであっても、時の流れに逆らうことは、もう許されないのかもしれない。

 このまま何も訊かなかったことにして、大河内に全てを委ねれば、幸せになれるのだろうか。


 揺れ動く心の内を見透かされているかのように、大河内に後ろから強く抱きすくめられた。

 こうやって寄り添っていけば、そのうち彼を愛せるようになるのかもしれない。

 お互い傷を負った者同士、いたわり合えば、それが愛に変ることもあるのだろう。


 でもその時、わたしの心の一部が自分自身の身体から抜け出し、何かかけがえのない得体の知れない物体に引き寄せられるようにして空中を浮遊しているような感覚に包まれたのだ。

 不思議なことに、その物体がすぐそばまで近付いて来ていることを本能で感じ取っている自分がいた。


 しばらくして、なつかしい香りと共に、わたしの心の一部が身体の中にスッと舞い戻ってきた。


 その時だった。


 玄関ドアを強くノックする音で、後ろにいる大河内の身体が反射的にさっと離れた。

 と同時に、わたしはドアの向こうにいる人物が誰であるのかを瞬時に悟った。

 ほんとうに、なんの疑いもなく、その人がそこにいるとわかったのだ。


 ドンドン、ドンドン、と何度も激しくドアをノックし続ける向こう側にいるその人と、やっと会える。

 今すぐにでも駆け出してドアを開けたいのに、まるで金縛りにでもあったかのように身動きが取れず、その場に立ちすくんでしまうのだ。


 たった今、その人の魂のカケラが、ぴたりとわたしの心の空洞にはまり込んだのを、しっかりと感じていた。


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