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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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20.帰ろう、二人の場所へ その1

 インターホン越しに外にいる人物を確認したよったんは、口の端を少し持ち上げるようにしてニヤリとほくそえみ、わたしに向かって玄関に行けと目配せをする。


「わ、た、し? 」


 外にいる人に聞こえないように、声を出さず、口の形だけでよったんに訊ね返す。

 いったいどういうことなのだろう。

 わたしが玄関まで出向く任務を仰せつかったのは、多分見間違いではなさそうだ。


「もしかして、堂野? 」


 すっかり酔いも醒めてしまったやなっぺの半信半疑の問いかけにも、よったんは顔色ひとつ変えず、早く行けと手でわたしを追いやるジェスチャーを繰り返す。

 こんな時刻に本当に遥が来るだろうか。

 それに、仮にここの住所を知っていたとしても、真夜中に土地勘のない場所で知らない家を探すのは大変なことだ。

 まさかそんなこと、あるはずがない。

 信じられない気持のまま、ゆっくりと玄関にたどり着く。

 立て掛けてある大きな絵の中で横たわる女性に、じっとこちらを見られているような不思議な感覚の中、大きく深呼吸をして、そっとドアを開けた。


「あ……。はるか……」


 そこに立っていたのは、紛れもなく、わたしの遥だった。

 暗闇の中、真っ直ぐにわたしだけを見ている遥がそこにいた。


「柊。やっぱりここだったんだ。……迎えに来たよ。今から駅に折り返せば終電に間に合う。柳田に礼を言って帰ろう」


 髪には(くし)が通ったあとはなく、服も昨夜のままだ。

 あれ以降、寝ていないのか幾分瞼(まぶた)()れぼったく見える。

 やだ。なんで遥が、ここにいるのだろう。

 わたしは徐々に鼓動が早くなるのを感じていた。

 そんなにわたしを見つめないで欲しい。

 ドキドキして胸が締め付けられて……。涙がこぼれそうになってしまう。

 いつもよりずっと優しい目をした遥が、帰ろうと言って手を差し伸べてくれる。


「う、うん。わかった……」


 わたしはこくりと頷き、なつかしいその手をそっと握り締めた。

 そう言えば、こうやって遥の手を取ったのは、何日ぶりだろう。

 いや、何週間ぶりかもしれない。

 駅から、夜道を歩いてここまで来てくれたのだろうか。

 わたしの手を包み込む彼の手が、とても冷たい。

 それでも、握り締めるその手が愛おしくて、ずっとそのまま離したくなかった。


 その時、背中の後ろ側で、ガタンと鈍い音がした。

 びっくりしたわたしは、慌てて手を離し振り返る。

 すると……。

 やなっぺを先頭に、沢木さん、よったんの順に三人が階段状に重なり合ってリビングのドアのすき間から顔を出し、息を潜めてこっちを見ていたのだ。

 その様子に気付いた遥も、驚きのあまり口をぽかんと開けたまま、その場で棒立ちになっていた。

 

「も、も、もしかして、堂野君ですかぁ? きゃああああっ! すてきーーぃ。 ほ、ほんものおーーっ! 」


 沢木さんがやなっぺにのしかかるようにして叫んだとたん、重みに耐えられなくなったやなっぺが押しつぶされて沈み、続いて後の二人もギャーと言う悲鳴とともに団子のようになって、廊下に倒れ込んだ。

 

「え、えらい恥ずかしいところ見せてしもて、ごめんな」

「ほんと、ごめんなさい」


 あわてて立ち上がったよったんと沢木さんがちょこんと頭を下げる。


「なあなあ、堂野君とやら。そんなところに立ってへんで、まあ、上がりいな。うるさい人間ばっかりで悪いけど、ゆっくりしていって。やなっぺの友達は、うちらの友達や。遠慮せんと、さあさあ……」


 玄関先まで駆け寄ってきたよったんがわたしの腕をつかみ、遥を招き入れようと必死になる。


「ひいらぎちゃんもなんとか言ってよ。堂野君、カチカチになってるしぃーー。せっかく来たんだもん。すぐに帰るなんて言わないで……」


 二人の気迫に押される形になったわたしたちは、いつの間にかリビングに連行されていた。

 帰るタイミングを失ったまま、まるで針のむしろに座らされているような居たたまれない表情を浮かべて、遥がみんなの前で小さくなっている。

 そして、おもむろに顔を上げ、やなっぺに向かってペコッと頭を下げた。


「柳田、悪かった。柳田に力になってもらったおかげで、柊ともこうやって会えたし……」

「堂野ったら、ほんとうに人騒がせだよね。まあ理由が理由だから、今回は大目に見るとしても。今度柊を泣かせたら、このやなっぺさまが黙っていないから! 」

「わかってる。二度と同じ過ちは繰り返さないと誓う。柳田の叱責は一番堪えるよ。もう絶対にこんなことはないから」

「絶対に、だよ」

「ああ。もう絶対に」

「なかなか素直でよろしい! 」


 遥は首の後ろをぽりぽりと掻きながら、照れくさそうにやなっぺをちらちらと窺うようにして見ていた。


「そうそう、あそこにあんたの例のポスター貼ってあるんだけど。今日のお詫びのしるしに、サインでもしていってよ。ここにいる、よったんも沢木も、堂野のファンなんだってさ」


 頬を赤く染め、うふふと笑いながら、沢木さんがもじもじしている。

 突然目の前に貼られている自分のポスターに対面させられて、目のやり場をなくしたのだろうか。

 遥はよったんと沢木さんに申し訳なさそうに軽く会釈すると、大きな身体をより一層小さくしてその場に縮こまってしまった。


「ありゃりゃりゃ、やなっぺ。あんたが厳しい事ばっかりゆうから、堂野君、えらいちっちゃなってるで。でもやなっぺと堂野君、ホンマに友だちやったんや。前は疑ったりしてごめんな。あんたらホンマにええ仲間やったんやな。なんや羨ましいわ。でも堂野君、ほんまに男前やなあ。ポスターよりほんまもんの方がずっとええわ。今度デッサンのモデル頼もっかなあ。ギリシャ神話の石膏像並にきれいな横顔してはるやん。柊ちゃんは小さい時からこの顔見てたんやもんな。そら、その辺の男見ても、ときめかへんはずや」


 よったんが、両手の人差し指と親指で四角い枠を作り、その中から遥を覗き見て、もうすでにデッサンのアングルを構築し始めているようだ。


「ほんとほんと、ステキぃーー。堂野君って着物とかも似合いそーだよね。今、花火をモチーフに構想ねってるところだからぁ、そのモデルになってくれないかなあ。そうすれば、夏の日本画展も、入賞間違いなし! これでいただきなんだけどぉ! 」


 それぞれに盛り上がっているところで、なんだか心苦しいのだけど。

 あのう、わたしたち、そろそろ帰らせてもらってもいいでしょうか。

 彼女たちのお許しがでないまま、時間がどんどん過ぎてゆく。

 この家の三人のテンションとは裏腹に、わたしと遥の気力は下降の一途をたどっていった。


登場人物が多く大変読み辛かったと思います。

簡単に人物紹介をしておきますので、参考になさって下さい。


里中先輩──遥の所属する演劇サークルの1年先輩。美人で、人気のある女優。

是定先輩──同じく演劇サークルの1年先輩。演出家で人望も厚く、柊と遥も何かと世話になっている。

本田先輩──同じく演劇サークルの1年先輩で、1匹狼的存在。なぜか遥が信頼を寄せている感じである。

やなっぺ、よったん、沢木──美大生3人組。人情にあふれた若者。

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