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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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2.ロラン その2

 ついさっき書き始めたばかりのレポートのペンを置き、しばらくカップの中に見入っていた。

 パソコンで打ち込んでプリントアウトしたレポートであったり、データを送信した物が奨励されるようになったこの頃だが、わたしはまだ自分専用のパソコンを持っていない。

 実家には父が使っていた古いモデルのがあるにはあるけれど反応速度が遅く、おまけによくフリーズするので、残念ながらそれを使う予定はない。

 だからと言って、新たにノートパソコンを買う勇気はなく、それなりにある貯金はいざという時のためにあまり手を付けたくないのが本心だ。

 バイト代を少し取り分けて積み立てているけど、それとて、そう簡単に()まるものでもない。

 というのも、冬休みに自動車の運転免許を取るためにこの積立をすべて使ってしまったのだ。

 大学内のパソコンも、いつも大勢の学生が順番待ちで、バイトを優先してしまうと思うように使えない。

 各自一台の貸与がある大学がうらやましい。

 下書きをして一気にパソコンに打ち込むという作業からは当分逃れられそうにない。

 大学内で唯一の親友であり、そして恋人でもある遥は、自分のパソコンを一緒に使えばいいと言ってくれる。

 しかし同じ大学に通っているとはいえ、学部の違う彼とはキャンパスも離れているため、お互いの住居間が微妙に離れているという悲しい現実が立ちはだかる。

 ちなみに、わたしの住んでるアパートから遥のマンションまでは、電車と徒歩で三十分くらいかかってしまう。

 その度ごとに遥のところに通うのも手間なので、彼の親切心には感謝しながらも、結局現状打破には至らない。

 ところが……だ。二年に進級したばかりのつい先日、遥がとんでもないことを言い出した。

 二人で一緒に住もう、などと言って私を困らせるのだ。

 そんなことができるのなら、とっくの昔にやっている。 

 一緒に住むということがどういうことなのか、彼は本当にわかっているのだろうか。


「俺と一緒に住めば、柊のアパートの家賃が浮いて、結果バイトも減らせるだろ? それに食費も節約できるし、一石二鳥だと思うけどな」


 涼しい顔をして、こんな風に言ってのける遥は、やっぱり何も分かっていないんじゃないかと思う。

 けれど、遥の言い分が全く理解できない訳ではない。彼も登録制の派遣アルバイトをしているので、二人分の収入を合わせれば生活資金はまとまった金額になるし、光熱費などが節約につながるという理屈は間違ってはいない。


「もしかして……。親に遠慮してるのか? だとしたら気にするな。今更あいつら、もう何も言わないよ。このまえ、柊のお袋さんがこっちに来てたとき、俺に向かって何て言ったと思う? ひとり娘に見知らぬ街で一人暮らしをさせて、急に上京してみれば、部屋に知らない男の人の気配……」


 わざとおどろおどろしい声を出して、わたしに同調させようという魂胆が見え見えの手法だったが。


「……なんてことにならないよう、はる君、お願いだから、柊のことよろしく頼むわね、って言われたんだぞ。それって、暗に、俺たちに同棲を勧めてるようにも聞こえたんだけど。四六時中、柊を別の男から守るには、一緒に暮らす以外、手段はないと思うんだ。な、そうだろ? 」 


 などと平気な顔をして言ってのけるものだから始末に負えない。

 確かにうちの親は遥のことを誰よりも信頼している。実の娘より親戚の息子の方が大事なの? と嫉妬してしまうくらい、彼を頼りにしているのだ。

 問題はうちの両親ではなく、遥の両親の方にある。

 おじさんもおばさんも、わたしが小さい頃から自分の子供と分け隔てなく、目いっぱいかわいがってくれた。

 つまり身内としては最大限の情を示してくれるのだけれど、遥の将来の伴侶としては対象外なのは明らかだ。

 おばさんは今でも遥を実家の和菓子屋の跡取りにすることをあきらめていない。

 わたしが彼の元に嫁ぐということは、すなわち、和菓子屋の女将になるということでもある。

 そうなるとわたしは実家の蔵城を捨てなければならない。

 代々続いてきた蔵城家が、ついに途絶えてしまうことになる。

 おばあちゃんをはじめ、親戚一同が苦慮していることが現実のものになってしまうのだ。

 そして家のことより何より、両親を村に残したままずっと東京暮らしをするなんて、わたしには到底耐えられそうにない。

 今だって時々ホームシックに罹るし、電話で父のカラ元気な声を聞くと、胸が締め付けられそうに苦しくなるのだから。

 大学の合格が決まって、アパート探しをしている時にとどめを刺されたこともあった。

 それは、母と綾子おばさんと遥とわたしの四人で上京した時のことだった。

 綾子おばさんは、何もアパートなんか探さなくたって、二人ともうちの実家に居候すればいいのよ、と実家暮らしをしきりに勧めてくれた。

 部屋はたくさん余ってるし食事の心配もいらない。

 何よりも、わたしが女の子だから、一人暮らしは良くないの一点張りだった。

 おばさんは、なかなかわたしたちの一人暮らしを認めてくれなかったのだ。

 今になって思えば、わたしたちが一人暮らしをすると、二人に良からぬ関係が芽生えるのでは……とすでに疑われていたのかもしれない。

 そうなってからでは手遅れだ。

 おばさんは口にこそ出さないけれど、薄々わたしたちの不吉な未来を予感していたんだと思う。

 遥といえば……。

 あれだけ頭の回転が良くて何事にもぬかりなく対応しているように見えるのに、時として恐ろしいまでに大胆になる。

 母親たちが居る時に誰も見ていないであろう隙を見ては、わたしの肩を抱いたり、手をつないだりするのだ。

 あまりの不意打ちな行動に、心臓が口から飛び出しそうになったことも一度や二度ではない。

 もちろん、ばっちり目撃されることはなかったが、ハラハラさせられっぱなしだったのは事実だ。

 遥がわたしのそばに近寄って、耳元で内緒話のように話したのを綾子おばさんに気付かれた時、あらあらいつまでたっても仲よしだわね、なんて言いながらも、その目は少しも笑ってなかったのを知っている。

 綾子おばさんがそこまで言ってくれるのなら、実家の居候話に甘えさせてもらおうかなと心が動き始めた時、遥がすかさずその案に猛反対の態度を露わにした。

 綾子おばさんの実家になんか住もうものなら、何もかも監視され、学生生活に制約がかかるし、結局そのまま店にかかわっていくことになる、という理由だった。

 そのとおりだと思った。

 彼を頼るおじいさんを常に無視できるほど、遥は冷酷人間ではない。自分の道を行くと決めた遥の心が揺らぐのも簡単に想像がつく。

 今になれば、あの時遥が反対してくれて良かったと、心からそう思う。

 一人暮らしも慣れれば、そんなに怖い物でもないし、何より誰にも干渉されず、自由気ままにやっていけるのがこんなに心地いいなんて、それまでは知る由もなかった。

 本当に、貴重な経験をさせてもらったと思っている。

 それと……。

 誰の目をはばかることなく遥とお互いの部屋を行き来できるのは、最高の副産物だったと言えるだろう。わたしたちはこの一年間で、少しは恋人同士らしくなったのかもしれない。




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