199.うそと愛の狭間で その2
柊視点です。
「僕はある意味、卑怯な手を使ったかもしれない。でも、言い訳を許してくれるなら、僕はその時、すでに堂野は君との関係を完全に終わらせていると思っていたんだ」
どうしてここで遥が出てくるのだろう。
その時って、いつのこと?
もしかしたら、大河内と遥の間に何かがあったのだろうか。
わたしの知らない、何かが。
「今年の初めに、出張で東京にもどったことがあったろう? 」
「うん……」
そうだった。確かに彼は一週間ほど出張という名目で日本に帰国していた。
その時に、遥と何かがあったというのだろうか。
まさか、遥に会った、とか……。
「その時……。堂野に会ったんだ」
「あっ……」
そ、そうだったんだ。今の今まで気付かなかった。
大河内は、そんなそぶりは全く見せなかった。
完全にポーカーフェイスだった。
「そもそもは、しぐれとのことをはっきりと終わらせるために、彼女に連絡を取ったんだ。だけど……」
「じゃあ、しぐれさんが大河内君のことを、その、遥に知らせたの? 」
「そうだ」
大河内の顔色がみるみる変わっていく。
けれど、遥の名を口に出さずに話を進めることは不可能だ。
わたしはこの場限りと割り切って、訂正することなくそのまま大河内と話を続けた。
「僕が彼女に別れ話を出しているのを、堂野も知っていた。それで、なんとか元の鞘に収めようとしぐれの肩を持ったあいつに、僕は言ったんだ」
「何を? 何を言ったの? 」
「アメリカで柊に会った。そして、付き合っていると……。その延長線上には、結婚もありえると」
付き合っている? 結婚もありえるって……。
嘘。なんでそんなこと言ったの?
まだその時、わたしたちは付き合ってなんかいなかった。
ここには、何度か遊びに来ていたけど、あくまでも祐太兄さんの会社の部下としての関係だったし、他の同僚の人たちも一緒だった。
大河内には先月プロポーズされたばかりで、今ようやく気持ちに整理がついたところだ。なのになぜ半年も前に、わたしと付き合っているなどと、遥に言う必要があったのだろうか。
「あいつ……。堂野はかなり動転していたよ。立っているのもやっとという感じだった。相当ショックだったんだろうな。でも言ったんだよ、柊のことを頼むって……」
そうだったんだ。遥は、大河内にわたしのことを頼むって言ったんだ。
わたしったら、何を期待していたのだろう。
俺の柊に何をする、柊は渡さない、とでも言って欲しかったのだろうか。
柊のことを頼む……。それはその言葉通りの意味しか存在しない。
わたしとは今後一切関わらないという、決別の言葉に他ならないのだ。
「ごめん。君を悲しませるつもりはなかったんだ。それだけは信じて」
重なっている大河内の手に、力がこもる。
「ただ明らかに、これはフライングだよね。でも僕の中では柊と結婚する意志は確固たるものだったし、君も僕と会うのを嫌がっていなかっただろ? だから付き合っているのは、あながち嘘ではないと思っていたんだ。でも、それから数ヶ月経って春になったばかりの頃、しぐれから連絡があった。堂野と婚約することが決まったと……」
わたしはその瞬間、大河内を突き飛ばしていた。
ならば遥は、わたしが大河内と付き合っていることを知り、その上、結婚を前提にとも受け取られかねないような大河内の発言を聞いたのち、しぐれさんと婚約したことになる。
まだ大河内への思いを抱いたままであろうしぐれさんとの婚約……。
こんなの、おかしい。
「大河内君。あなたの言ったことが本当なら……。それは、あの二人を騙したってことよね? まだ付き合ってもいないわたしとの結婚まで匂わせて、彼らをあなたとわたしから遠ざけようとした。大河内君が遥と会った一月は、わたしはあなたとはもちろん何もなかったし、付き合ってすらいなかった。もし、大河内君がそんな嘘をつかなかったら、遥は……。しぐれさんとの婚約も、こんなに急がなかったかもしれない。だったら、先月わたしが帰国した時に、遥と……。遥と、最後の話し合いが出来たかもしれなかった」
わたしはこみあげてくる怒りと涙をこらえて、思いの限りをぶちまけた。
「話し合い? そんなもの、しなくて良かったんだよ……。それに、君がここにいることを知っているのに、何も行動を起こさなかったあいつはどうなんだ? いくらでも、柊を日本に連れ戻すチャンスはあったはずだ。連絡ひとつなかったんだろ? 辛いかもしれないけど、これが現実だよ。あいつの君への気持ちはその程度だったんだ」
「そうかもしれない。でも、遥から離れたのはこのわたし。わたしが彼に別れを告げたの。遥と別れた方が彼の為になる、その方がお互いが幸せになれるんだって、言い聞かせている自分がいた。でもそんなの、うそ。偽善でしかなかった。わたしは自分だけを見てくれない遥を、ためしたのかもしれない。仕事とわたしとどっちが大事なの? って本当はそう言いたかったんだと思う。こうやって別れを切り出しても、きっと彼が追いかけてきてくれる、本当に別れることなんてあるわけがないって、心のどこかで自分に都合よく考えていたのね。けれど、違った。結果遥は、わたしの気持ちを尊重してくれて、わたしをそっとしておいてくれた。当初は何度もわたしとの接触を試みてくれたけど、わたしが頑なに彼と会うのを拒絶したのだから、それも当然の報いだと思っているの」
「だから何? どちらが別れを切り出したかどうかなんて、今となっては関係ないよ。何も行動を起さなかったあいつの態度がすべてさ。つまり堂野は、君のことは、もうとっくに終止符を打っていたんだ。あいつは仕事を取った。ちやほやされて、虚栄心をくすぐられるあの立ち位置を守りたかっただけだよ」
「そんな……」
「僕が柊との付き合いを宣言したことが、しぐれと堂野の距離を縮めるきっかけにはなったかもしれないけど、遅かれ早かれ、あの二人はそうなる運命だったんだよ! 」
確かに遥は、何も行動を起こしてはくれなかった。
でもそれは、わたしが彼を遮断したからだと、ずっとそう思ってきた。
遥だってわたしとは別れたくないんだ。
でもわたしが距離を置こうとしているから、遥が何もアクションを起さないんだと自分に言い聞かせてきた。
でも遥は大河内に言ったのだ。わたしを頼むと。
やっぱり、大河内の言うとおりなのかもしれない。
いずれ、あの二人は、結婚する運命だったのだ。
週刊誌の記者には先見の明があったということだ。
次回、遥視点になります。




